著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Journal of Ethnic Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
失われつつある保存の知恵を記録する
インド東部ヒマラヤのダージリン地方では、冷たい渓流にすむスノートラウト(シゾトラックス属の魚)が「アサラ」と呼ばれ、食用として親しまれています。魚は傷みやすい食品であり、冷蔵設備が限られ市場への輸送にも時間がかかる山間部では、昔から乾燥や塩漬け、燻製、発酵などで保存されてきました。
一方で研究チームは、生活様式や食の好みの変化、移住、加工食品の普及によって、若い世代がこうした作業に関わる機会が減り、世代から世代へ受け継がれてきた知識が失われるおそれがあると指摘しています。そこで著者らは、地域の人々が自然環境と長く関わる中で培ってきた「伝統的生態学的知識」の一部として、アサラの保存法を記録することを目的としました。とくに注目したのは、バナナの偽茎(葉の付け根が重なって幹のように見える部分)で魚を包む方法、天日干し、発酵とされる方法の3つです。
茶園の住民50人への聞き取り
調査は、西ベンガル州ダージリン県にあるダジェア茶園で行われました。住民の多くはネパール語を話すゴルカ系の人々で、茶園労働や農業、家畜飼育、小規模な商いで暮らしています。
研究チームは、アサラの保存に詳しい人を選び、その人から紹介を受けて対象者を広げる方法で、18歳以上の50人(男性20人、女性30人、26世帯)を集めました。対象者は漁業者、ふ化場の運営者、加工者、商人、家庭の担い手で、魚に関わる経験は10〜30年でした。アサラが手に入る4〜5月に、自由に答えてもらう形式の質問票を手がかりとした対面インタビューと現地での観察を行い、回答は人数と割合で整理されました。
報告された3つの保存法
回答者のうち、最も多かったのは乾燥による保存で25人(50%)でした。バナナの偽茎で包む方法は15人(30%)、発酵は10人(20%)が挙げました。保存法の学び方は、親からが27人(54%)、祖父母からが12人(24%)、地域のほかの人からが7人(14%)、自分の経験からが4人(8%)で、知識が主に家族の中で受け継がれていることがうかがえます。年長で経験豊富な人ほど伝統的な方法に通じ、若い人の関わりは比較的少ないことも報告されています。
天日干しでは、洗った魚を棚や竹のござの上に並べ、数日間日に当てます。風通しを保つことが大切とされ、風味づけに塩も使われます。よく乾かした魚は、乾いた密閉容器で数か月保存できるとされています。
バナナの偽茎で包む方法は、この地域に特徴的なものとして紹介されています。内臓を取り除いて洗った魚に塩とターメリックをまぶし、新鮮な偽茎の中に包みます。実践者によれば、冷蔵しなくても1〜2日ほど保てるといいます。論文は既存研究を引いて、偽茎の繊維の強さや、バナナの組織に含まれる成分について報告されている抗菌・抗酸化作用に触れていますが、アサラの保存に対する具体的な効果はこの研究では評価していないと明記しています。
もう一つは「スカ・コ・マチャ」と呼ばれる製品です。地元では発酵させ、乾かし、燻した魚と説明されています。川で網を使ってとった魚の内臓を除き、塩とターメリックをまぶしてから竹ひもや針金に通してつるし、昼は日光、夜は伝統的な土のかまどの煙に当てる作業を7〜8日続けます。回答者によると、適切な条件で4〜6か月ほど保存できるといいます。ただし著者らは、微生物や成分の分析を行っておらず、実際に発酵が起きているかは確かめていないと述べています。
暮らしと文化を支える技術として
研究チームは、こうした保存法が、魚の多い時期にとった分を蓄え、手に入りにくい時期にも動物性たんぱく質を得る手段として、家庭の食料確保に役立っていると報告しています。保存した魚を地元の市場で売って収入の足しにする家庭もあり、家族で協力して作業すること自体が技術の共有の場にもなっています。
同時に論文は、調査が一つの茶園で、春の2か月間に限られていたこと、魚が種のレベルまで同定されていないこと、保存品の品質や安全性、保存性を分析していないことを限界として挙げています。そのため結果は、この地域で語られ、観察された伝統的な知識と実践の記録として受け止めるべきだとしています。山の暮らしに根ざした魚の保存の知恵を、失われる前に書き留めたところに、この研究の意味があります。
著者:Priya Chakraborty(Food and Microbial Technology Laboratory, Department of Food Technology, University of North Bengal, Raja Rammohunpur, Darjeeling, West Bengal, 734013, India)、Aramvha Chowhan(Food and Microbial Technology Laboratory, Department of Food Technology, University of North Bengal, Raja Rammohunpur, Darjeeling, West Bengal, 734013, India)、Kriti Ghatani(Food and Microbial Technology Laboratory, Department of Food Technology, University of North Bengal, Raja Rammohunpur, Darjeeling, West Bengal, 734013, India)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Priya Chakraborty, Aramvha Chowhan, Kriti Ghatani. Traditional preservation practices of asala fish (Schizothorax spp.) among Himalayan communities of Darjeeling, India. Journal of Ethnic Foods 2026-10-12. DOI: 10.1186/s42779-026-00335-4. 原著ライセンス:CC BY.