この研究は、中国、アメリカの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Advances in Nutrition

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ「栄養を足すだけ」では足りないのか

慢性腎臓病(CKD)が進行して末期腎不全に至ると、体のたんぱく質とエネルギーの蓄えが失われていく状態が起こります。これは「たんぱく質・エネルギー消耗(PEW)」と呼ばれ、論文によれば進行したCKDの患者の11〜54%に見られ、病気の悪化や死亡のリスクを強く予測する要因だとされています。

従来この消耗は、尿毒症物質による食欲低下と腎臓病向けの食事制限が原因と考えられてきました。そうであれば、経口栄養補助食品や透析中の静脈栄養などで栄養を増やせば解決するはずです。ところが著者らは、十分な、あるいはそれ以上のカロリーとたんぱく質を与えても、多くの場合に消耗の流れを止められず筋肉量も戻らないことが、長年の臨床経験や無作為化試験で示されてきたと述べています。単なる飢餓では体はたんぱく質を節約するように適応しますが、尿毒症では外から栄養が入ってきても自分の骨格筋を分解し続ける——著者らはこれを「栄養の逆説」と呼び、その分子レベルの仕組みを整理することを目的としています。

なお本稿は新たな実験を行った研究ではなく、PubMed、MEDLINE、Embaseなどを2026年2月までさかのぼって検索し、既存の文献を選んで組み立てた「展望(perspectives)」論文です。

脳の側と筋肉の側、二つの関門

著者らが提示する枠組みでは、問題は「栄養が足りない」ことよりも、ホルモンのシグナル伝達が乱れていることにあります。乱れは中枢(脳)と末梢(筋肉など)の二か所で起きるとされます。

中枢では、腸内細菌に由来する尿毒症物質、とくにトリプトファン代謝物であるインドキシル硫酸が関わると説明されます。実験モデルの報告では、インドキシル硫酸は細胞内の受容体AhR(アリル炭化水素受容体)を活性化させ、脳の血管の細胞どうしを密着させているタンパク質(クラウディン5など)の発現を下げて、血液脳関門(脳を有害物質から守る仕組み)の働きを損なうとされています。関門が緩むと他の尿毒症物質や炎症性の物質が脳に入りやすくなり、食欲をつかさどる視床下部で炎症が起こります。さらにIL-1βやTNF-αといった炎症性サイトカイン、そしてストレスに応じて増えるGDF15という物質が加わり、体重やエネルギー消費の「設定点」を作り変えてしまう、という筋立てです。GDF15は脳幹のGFRALという受容体に作用して、食欲を抑え吐き気を起こす反応を引き起こします。もともとは毒物の摂取を避けるための仕組みだと考えられていますが、尿毒症ではそれが慢性的に続いてしまうと著者らは説明しています。

末梢では、栄養を感知する仕組みの不調が焦点になります。空腹時に分泌されて食欲を促すホルモンであるグレリンは、CKDでは血中の総量はむしろ高いのに患者は食欲がないという矛盾した状態が見られ、「グレリン抵抗性」と呼ばれます。グレリンは、GOATという酵素によって脂肪酸が付加された「アシル化グレリン」の形でないと受容体に結合できませんが、炎症状態ではこのグレリン–GOAT系が急速に抑えられることが実験モデルで示されています。あわせて、インスリンやIGF-1のシグナルもIRS-1というタンパク質の異常なリン酸化によって遮られ、筋肉をつくる方向に働くPI3K/Akt/mTORC1という経路が動きにくくなります。Aktが働かないと、分解を促すFoxOという転写因子が核にとどまり、ユビキチン・プロテアソーム系というたんぱく質分解装置が過剰に動きます。合成が止まり分解が進む「二重の不利」が生じる、という整理です。

さらに骨格筋では、ミトコンドリアの働きそのものが落ちると述べられています。インドキシル硫酸などの尿毒症代謝物が電子伝達系の複合体を阻害し、ATP(細胞のエネルギー通貨)をつくる能力が下がることが実験的に報告されており、これがCKD患者の強い疲労感や運動耐容能の低下につながると考えられています。ただし著者らは、これら機序の多くが実験モデルに基づくもので、ヒトのCKDで確立されたわけではないと明記しています。

「感受性を戻してから、食べさせる」という提案

こうした整理から著者らが提案するのが、「sensitize-then-feed(感受性を戻してから栄養を与える)」という考え方です。燃料(カロリーとたんぱく質)を入れる前に、まず詰まっている側の障壁を下げる、という発想です。

現在の標準的な治療はKDOQI 2020ガイドラインに沿ったもので、透析患者ではたんぱく質を体重1kgあたり1日1.2g、エネルギーを1日30〜35kcal/kgといった目安で補うことが中心です。著者らはこれを「供給側」への対応と位置づけたうえで、障壁を下げる手段として、Akt/mTORC1経路を機械的に刺激しうるレジスタンス運動、視床下部の炎症を抑える方向で検討されているω-3脂肪酸(EPA・DHA)、末梢の抵抗性を迂回する狙いの分岐鎖アミノ酸やHMBなどを挙げています。

薬剤については、がん悪液質の領域で開発が進んだものが検討対象として紹介されます。グレリン受容体作動薬アナモレリン、GDF15を中和する抗体ポンセグロマブ、視床下部のMC4受容体を遮断するTCMCB07、アクチビンII型受容体を阻害するビマグルマブなどです。ただし著者らはここで慎重な評価も示しています。アナモレリンはがんの試験で除脂肪体重を増やす一方、高血糖を招きうることが報告されており、糖尿病性腎症が末期腎不全の主要な原因であるCKD集団では特に注意が要ること、また体重の増加と握力などの機能改善が一致しない例が続いていることを指摘しています。ミオスタチンだけを標的としたPINTA-745は、末期腎不全患者を対象とした第2相試験で除脂肪体重に関する主要評価項目を達成できませんでした。ポンセグロマブについても、腎機能が低下した患者での安全性データは現時点で不足しているとされています。

著者らはまた、CKDの消耗はがんやCOPDの消耗と同じではないと強調します。がんでは腫瘍と宿主のやりとりが駆動因子となり代謝が亢進しがちですが、CKDでは蓄積した尿毒症物質が中心にあり、活動量の低下もあってエネルギー代謝はむしろ正常〜低下側に傾くことが多いといいます。加えて、体液の貯留が筋肉の減少を覆い隠してしまうため、消耗が見えにくいという特徴もあります。したがって、がん領域の治療法をそのまま持ち込むことはできず、CKD固有の検証が必要だというのが論文の立場です。

この論文が示すこと

この展望論文の主張は、尿毒症の体は「単に空腹なのではない」という一点に集約されます。食欲を伝える信号、筋肉をつくる信号、エネルギーを生み出す装置——その複数の段階で伝達が滞っているのだとすれば、供給量を増やすだけの対応がしばしば届かないのも理解できる、という見取り図です。

著者らはこれを、検証可能な仮説の枠組みとして提示しており、実際にこれらの経路に手を加えることで栄養療法への反応が改善するかどうかは、今後確かめられるべき問いだと述べています。栄養の問題を「食事の処方」から「代謝のリハビリテーション」として捉え直す視点を示した点に、この論文の意味があります。

著者:Maoting Li(Department of Nephrology, Naval Medical Center of PLA, Naval Medical University, Shanghai, China)、Zewei Chen(Department of Nephrology, Naval Medical Center of PLA, Naval Medical University, Shanghai, China)、Nanmei Liu(Department of Nephrology, Naval Medical Center of PLA, Naval Medical University, Shanghai, China)、Naiying Lan(Department of Nephrology, Naval Medical Center of PLA, Naval Medical University, Shanghai, China)、Fanzhou Zeng(Department of Nephrology, Naval Medical Center of PLA, Naval Medical University, Shanghai, China)、Cheng Xue(Department of Cellular Biology and Anatomy, Medical College of Georgia, Augusta University, 1120 15th Street, Augusta, GA 30912, USA; Department of Nephrology, Shanghai Changzheng Hospital, Second Affiliated Hospital of Naval Medical University (SMMU), Shanghai, China. Electronic address: [email protected])、Bo Yang(Department of Nephrology, Naval Medical Center of PLA, Naval Medical University, Shanghai, China. Electronic address: [email protected]

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Maoting Li, Zewei Chen, Nanmei Liu, et al. Perspectives on the Nutritional Paradox in Uremia: A “Sensitize-Then-Feed” Framework for Protein-Energy Wasting. Advances in Nutrition 2026-09-01. DOI: 10.1016/j.advnut.2026.100728. 原著ライセンス:CC BY.