著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。
掲載誌:Research in psychology and behavioral sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
注意欠如・多動症(ADHD)は、不注意や多動・衝動性が続き、学業や仕事、人間関係に支障をきたしうる神経発達症です。子どもの頃に気づかれることが多いものの、大人になっても続くことが少なくありません。治療の中心は薬物療法で、成人でもメチルフェニデートなどの中枢神経刺激薬が中核症状に効果を示すことが知られています。
一方、薬と並行して食事や生活習慣がADHDの症状にどう関わるかにも関心が高まっています。ただし著者らによると、食事療法に関する研究の多くは子どもを対象としており、成人での根拠は限られています。炭水化物を大きく制限するケトン食は、てんかんの治療では確立した役割がありますが、ADHDを含む神経発達症への効果については、これまでの研究はまだ初期段階で結果もまちまちだとされています。
研究チームは、こうした領域で今後の体系的な研究につながる問いを見つける手がかりとして、成人ADHD患者1人の経過を症例報告としてまとめました。
報告された症例の経過
報告されたのは24歳の男性で、ADHDのほか、診療記録上のアスペルガー症候群の診断歴とニコチン依存がありました。2022年3月、進学中の学業で集中力を保てず、課題が夜遅くまでかかって睡眠にも影響するといった悩みで受診しました。メチルフェニデート速放性製剤を1回5ミリグラム、1日2回で開始したところ、約1か月後には集中力が改善し、課題を期限内に終えやすくなったと報告しました。その後も2023年初めまで、増量せずに同じ用量で続けられました。
2023年6月ごろになると服薬は不規則になり、約3か月処方を受け取っていない状態でしたが、本人は薬を使える状態は保ちたいと希望していました。次の受診では集中の困難が続いていたことに加え、ビールや蒸留酒を習慣的に飲んでいることが記録されました。経過中には大麻の使用も記録されています。そこで医師は、食事の見直し、運動量の増加、飲酒量の削減といった生活習慣全般の改善について助言しました。
その後の記録では、患者は「ケトン食」と表現される低炭水化物・高脂肪の食事パターンを取り入れ、規則的な散歩も始め、のちには1日45〜50分ほど歩くようになったと述べています。ただし、詳しい食事記録や栄養素の計算、血液や尿のケトン体測定は行われておらず、体が実際に脂肪を主なエネルギー源とする「ケトーシス」の状態にあったかは確認できていません。
2023年11月の受診時には、集中力が改善したと本人が報告し、メチルフェニデートは定期的な服用から、特に集中が必要なときだけ使う頓用へと減っていました。準学士号を取得し、大学への進学も予定していました。記録された期間を通じて体重は160ポンドから134.6ポンドへ25.4ポンド減少し、体格指数(BMI)はおよそ21.4から18.0へ下がりました。
著者らの解釈と注意点
著者らは、この症例の主な観察結果を、大きな食事・生活習慣の変化があった時期に、メチルフェニデートの使用量が減り、学業の進歩も続いていたことだとしています。ただし、これは時間的に重なっていたという関連であり、食事の変更が服薬の減少を引き起こしたことを示すものではないと強調しています。
その理由として、服薬が不規則になり始めたのは食事の変更がはっきり記録されるより前だったこと、食事と同時に散歩の習慣や飲酒の変化もあり、運動自体も実行機能やADHD症状に影響しうること、大麻や飲酒、睡眠、学業の負担など他の要因も関わりうることが挙げられています。さらに、ADHD症状を標準化された尺度で繰り返し評価したり、注意力を客観的に検査したりはしておらず、服薬量や集中の改善は本人の申告に基づいています。
安全面についても著者らは注意を促しています。成人のケトン食療法は通常、対象者の選定や栄養評価、血液検査などの管理のもとで行われる構造化された治療であり、消化器症状などの有害事象も珍しくないとされます。この症例でも体重が大きく減っており、制限の強い食事を行う際の栄養状態の見守りが重要だと述べています。そのため、炭水化物制限食を確立したADHD治療の代わりになる、リスクのない方法とみなすべきではないとしています。
この報告が示すこと
この症例報告は、成人ADHDの一部の人で、複数の生活習慣の変化が服薬の使い方や日常の機能の変化と重なりうるという仮説を示すものです。一方で、食事そのものが独立して効いたのか、特定の仕組みを通じて働いたのかは判断できず、著者らは、この結果をもとにケトン食を日常的に勧めたり刺激薬を減らしたりすることは支持されないと結論づけています。食事療法は個別に適切な管理のもとで行い、薬の調整はこれまでどおり症状や機能などの臨床評価に基づいて行うべきだというのが、論文の示す立場です。
原著論文の著者・所属:Alan Tran DO、Binh Pham DO MPH MS(Southwest Healthcare Medical Education Consortium , Temecula , CA , USA)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Alan Tran DO, Binh Pham DO MPH MS. Reduced Methylphenidate Use Following Dietary Modification in Adult ADHD: A Case Report. Research in psychology and behavioral sciences 2026-10-20. DOI: 10.12691/rpbs-14-2-1. 原著ライセンス:CC BY.