著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:International Journal of Molecular Sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:ご飯の食味を左右するアミロースを「少しだけ」減らす

お米の食べたときの味わいや炊飯時の性質を大きく左右する成分が、デンプンの一種であるアミロースです。アミロースの量は主にWxと呼ばれる遺伝子によって決まります。この遺伝子は、デンプン合成酵素の一つ(顆粒結合型デンプン合成酵素I)の設計図です。著者らによると、Wx遺伝子がどれだけ働くか(発現量)は米粒中のアミロース含量とよく対応しており、わずかな変化でも食味や炊飯特性に大きく影響します。

これまでにも、Wx遺伝子のタンパク質をつくる部分(コード領域)の違いによってアミロースが少なくなる遺伝子型が複数知られ、良食味米の育種に活用されてきました。しかし著者らによると、こうした遺伝子型はアミロースを下げすぎてしまう傾向があります。さらに、利用できる自然の変異もほぼ出尽くしつつあります。そのため、アミロース量を細かく調整する手段は限られていました。

そこで研究チームは、遺伝子のスイッチの役割を果たす「プロモーター」と呼ばれる領域に注目しました。Wx遺伝子のプロモーターには、転写(遺伝子情報の読み出し)が始まる位置の近くに、CとTが多く並ぶ配列(ピリミジンに富む領域)があると予測されています。この部分を一部だけ削れば、遺伝子の働きを段階的に弱め、アミロース含量をきめ細かく下げられるのではないか、というのが研究の出発点です。

何を調べたか:プライム編集による狙った欠失の導入

研究チームは、農業特性に優れたジャポニカの優良品種「淮稲5号(Huaidao 5)」を材料にしました。この品種のアミロース含量は約15〜16%と中程度です。編集には、プライム編集という遺伝子編集技術を用いました。プライム編集は、DNAの二本鎖を切断することなく、あらかじめ設計した小さな変更を書き込める手法です。今回は、転写開始点の上流11〜7塩基の位置にあるCが5つ連続した配列を削ることを狙いました。

その結果、独立に得られた15個体のうち10個体で標的部位に変異が見られました。このうち3系統は狙いどおり5塩基が欠失した型で、Wx5dと名付けられました。4系統は意図していなかった32塩基の欠失をもつ型で、Wx32dと名付けられました。32塩基の欠失は、狙った5塩基に加え、その上流にある45〜19塩基の区間も失われたものです。論文では、編集の過程で生じた予定外の結果と説明されています。残る複雑な変異をもつ3系統は解析から除かれました。

研究チームは、それぞれの欠失を両方の染色体にもつ(ホモ接合の)後代を選びました。そのうえで、アミロース含量、Wx遺伝子の転写量とそのタンパク質量、食味に関わる各種の測定値を、元の品種と比較しました。草丈や粒の重さなどの農業形質も比べています。また、予測された標的外の候補部位を調べたところ、検査した範囲では意図しない変異は検出されなかったと報告しています。

主な結果:欠失が長いほどアミロースが低下、農業形質に有意な差はみられず

元の品種のアミロース含量は16.35%でした。これに対し、Wx32dでは12.40%(3.95ポイント低下)、Wx5dでは13.58%(2.77ポイント低下)となり、どちらも有意に低下していました。欠失が長いほどアミロースの低下幅が大きいという関係が見られたことになります。アミロースの低下は、Wx遺伝子の転写量と、それがつくるデンプン合成酵素の量の低下を伴っていました。米粒の透明度や白く濁った部分(白亜質)には有意な差は見られませんでした。

食味を機械で評価する食味計による値は、元の品種が72.6、Wx32dが76.6、Wx5dが74.2でした。アミロースが最も低いWx32dが最も高い値を示しています。著者らは、これはジャポニカ米ではアミロースをほどよく下げると食味が向上するという一般的な傾向と一致するとしています。米粉からつくるゲルの柔らかさの指標(ゲル・コンシステンシー)や、加熱時の粘りの変化の測定結果も、アミロース低下や食味値の上昇と整合する傾向でした。ただし著者らは、これらの値は機器による近似的な評価にとどまると述べています。実際の食味は、人による官能評価で確かめる必要があるとしています。

8つの農業形質についても、編集系統と元の品種を比べました。対象は草丈、生育期間、結実率、穂の長さ、千粒重、粒の長さ・幅・厚さです。いずれも統計的に有意な差はありませんでした。ただしWx32dでは結実率がやや低い傾向(86.43%対91.96%、有意差なし)が見られました。著者らは、この点を今後注意深く見ていくべきだとしています。

さらに、公開データベースに登録された3032のイネ系統について、プロモーター配列を調べました。今回の2種類の欠失はいずれも見つからず、この領域は自然集団でよく保存されていました。つまり、今回得られた遺伝子型は、調べた範囲の品種の中には見当たらない新しい変異だと考えられます。

この研究が示すこと

この研究は、Wx遺伝子のプロモーターのごく狭い範囲をプライム編集で削ることで、新しい系統を作り出せたことを報告しています。これらの系統では、評価した農業形質を大きく損なわずに、アミロース含量が段階的に下がっていました。特にWx32dのアミロース含量は、従来の軟質米と同程度の水準でした。

一方で、削った配列のどの部分がどのように遺伝子の働きに影響しているのか、因果関係はまだ確かめられていないと著者らは述べています。また、評価は1か所・1シーズンの圃場試験にもとづくものです。標的外変異の調査も、限られた候補部位にとどまっています。こうした前提のもとで、この成果は一つの可能性を示しています。遺伝子のスイッチ部分を精密に編集することが、お米の食味に関わる性質をきめ細かく調整するための新たな育種素材づくりにつながりうる、という可能性です。

原著論文の著者・所属:Jianju Liu(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Yue Cai(Collaborative Innovation Center for Modern Crop Production Co-Sponsored by Province and Ministry, Nanjing 210095, China; Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Zichun Chen(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Yunyu Wu(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Peng Gao(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Ling Yu(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Wei Shi(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Zhiping Wang(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Shuhao Zhu(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Cunhong Pan(Collaborative Innovation Center for Modern Crop Production Co-Sponsored by Province and Ministry, Nanjing 210095, China; Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Niansheng Huang(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Yuhong Li(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Xiaoxiang Zhang(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Hongjuan Ji(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Jianhua Zhao(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Ning Xiao(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China)、Aihong Li(Institute of Agricultural Sciences for Lixiahe Region in Jiangsu, Yangzhou Rice Experiment Station of the China Agricultural Research System, Yangzhou 225009, China; Zhongshan Biological Breeding Laboratory, Nanjing 210014, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jianju Liu, Yue Cai, Zichun Chen, et al. Generation and Characterization of Novel Low-Amylose Rice Germplasm via Prime Editing of the Wx Promoter. International Journal of Molecular Sciences 2026-09-20. DOI: 10.3390/ijms27188386. 原著ライセンス:CC BY.