スーパーで買った魚の切り身が、数日でどれだけ鮮度を保てるか気にしたことはないでしょうか。魚は水分が多く、pHが中性に近く、不飽和脂肪酸も豊富なため、肉類に比べて傷みやすい食材です。合成の保存料に対する消費者の懸念が高まる中、植物由来の天然成分を使って冷蔵保存中の品質低下を遅らせようとする研究が進められています。今回紹介するのは、マラリア治療薬の原料として知られる植物クソニンジン(Artemisia annua)と、そこから作られる成分を養殖ティラピアのエサに混ぜ、切り身の冷蔵保存性がどう変わるかを調べた研究です。

クソニンジンに含まれるアルテミシニンは、ノーベル医学生理学賞(2015年、屠呦呦氏)の受賞理由となった成分としても知られ、過酸化物架橋(1,2,4-トリオキサン環)という珍しい化学構造を持ちます。この研究チームはブラジルのサンパウロ州立大学(UNESP)などに所属しており、共著者にはノルウェーのノルド大学(Nord University)の研究者も名を連ねています。今回提供された情報の範囲では、日本の研究機関の関与や日本の食習慣への言及は見当たりませんでした。

どのような実験が行われたか

研究では、同じ産卵由来のナイルティラピア(Oreochromis niloticus)160尾を4つの水槽に分け、次の4種類のエサを30日間与えました。①無添加の対照群、②クソニンジンの乾燥粉末をエサの1%(10g/kg)混ぜた群、③精製したアルテミシニンをエサ1kgあたり9.6mg混ぜた群、④アルテミシニンを化学的に変換した半合成誘導体アルテメテルを同じく9.6mg/kg混ぜた群です。この配合量は、同じ研究グループがゼブラフィッシュ(Danio rerio)で行った予備実験(1%・3%・5%のクソニンジン粉末を比較)で最も良好な結果が得られた1%区分に、含まれるアルテミシニン量を揃える形で設定されたとのことです。

30日間の給餌後、320枚の切り身を採取して4℃で冷蔵保存し、保存0日目・7日目・15日目・30日目に品質を調べました。調べた項目は、中温性菌・低温性菌・カビや酵母・硫化水素還元性クロストリジウム・腸内細菌科・コアグラーゼ陽性ブドウ球菌・大腸菌群といった微生物の数、pH、色(明度・赤み・黄み)、脂質の酸化度を示すTBARS値(マロンジアルデヒド量として測定)、そして訓練を受けた6名のパネリストによる見た目・つや・食感・においの官能評価(生の切り身を対象とし、喫食は行っていません)です。

どのような結果が得られたか

すべての添加群で、対照群と比べて微生物数の増加が抑えられ、TBARS値(脂質酸化の指標)も低い傾向が見られたと報告されています。特にアルテメテル添加群では、保存7日目・30日目の中温性菌・低温性菌の数が対照群より有意に少なく、30日目の大腸菌群数も有意に低い結果でした。腸内細菌科の菌数は、保存7日目時点でアルテメテル群とアルテミシニン群が対照群より有意に少なかったものの、その後の保存期間ではいずれの群も増加傾向を示したとされています。硫化水素還元性クロストリジウムは全期間・全群で検出されず、カビや酵母の数にも群間の有意差はなかった一方、コアグラーゼ陽性ブドウ球菌は保存15日目・30日目で対照群が添加群より有意に多かったと報告されています。

色や質感の面でも違いが見られました。保存15日目の測定では、アルテメテル群の切り身は明度(白さ)が他群より高く、彩度(色の鮮やかさ)は他群より低下していたとのことです。官能評価では、保存30日目の明るさスコアでアルテメテル群が他群より高く、食感・においについても対照群より良好な評価だったと報告されています。見た目についても、保存15日目時点ではアルテミシニン群、30日目時点ではアルテメテル群が対照群より良いスコアを示したとされています。全体として、アルテメテルを与えた群で微生物学的にも官能的にも最も顕著な改善が見られた、とまとめられています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、魚に与えるエサに植物成分やその誘導体を加えるという「収穫前(生きている間)の対策」によって、収穫後の切り身の品質保持に影響を与えられるかを検証した実験です。著者らは、クソニンジンの粉末には抗酸化作用が報告されているフラボノイドやフェノール化合物なども含まれる一方、アルテミシニンやアルテメテルの過酸化物構造は鉄イオンなどと反応して活性酸素種を生じる仕組みが関わりうると考察しており、単純な「抗酸化物質」としてだけでは説明しきれない複雑な機序を想定しています。また、今回の研究ではクソニンジン粉末そのものの詳細な成分分析(フィトケミカル・プロファイリング)は行われていない点も、著者らが明記した限界です。

これはあくくまで一つの実験室規模の研究であり、ヒトがティラピアを食べた場合の健康影響や、実際の流通・小売の現場での再現性を直接示すものではありません。今回得られた結果が他の魚種や飼育条件でも同様に見られるかどうかも、今後の検証が必要と考えられます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Aracati MF, Rodrigues LF, Oliveira SL, et al. <i>Artemisia annua</i> and Its Derivatives Improve the Refrigerated Shelf Life of Nile Tilapia Fillets. フーズ(バーゼル、スイス) (2026). DOI: 10.3390/foods15132387. 原著ライセンス: cc-by.