自分では酪酸を作らない。それなのに、酪酸を作る腸内細菌を増やす——そんな乳酸菌が、中国・浙江省の山間部で古くから作られてきた「竹の子漬け」の漬け汁から見つかりました。2026年6月、微生物学の国際誌に報告された話です。

研究者たちが浙江省各地の伝統的な竹の子漬けから乳酸菌を系統的に分離・評価したところ、ラクトコッカス・ラクティス ZB2(以下ZB2)と名付けられた菌株が際立った性質を示しました。胃酸や胆汁にさらされても生き残る消化管への耐性、腸の内壁に付着する力、有害菌の増殖を抑える力——いずれも、プロバイオティクス(腸内環境に働きかける生きた微生物のこと)の比較対象として広く使われる基準株と同等以上だったと報告されています。

三つの変化は、実は一本の川だった

続くマウスの28日間の実験で、ZB2を毎日与えたグループに三つの変化が観察されました。並べて読むと「腸・免疫・菌叢のそれぞれが改善した」という印象ですが、よく見ると順序があります。ZB2はまず腸の構造に触れ、そこから先の変化を引き出している——この連鎖こそが、ZB2を単なる「丈夫な乳酸菌」以上の存在にしている点です。

最初の変化は腸の「壁」の強化です。腸の内側は一層の上皮細胞で覆われ、その細胞どうしをつなぐタンパク質が「タイトジャンクション(細胞間の密着結合)」という構造を作っています。ZB2を与えたマウスではこの構造に関わる遺伝子の発現が高まり、腸の内容物が血液中へ漏れ出す量の指標が有意に低下したと報告されています。壁が引き締まる——それが最初の一手です。

壁が安定すると、次が動きます。免疫の穏やかな調整です。過剰な炎症に関わる複数のシグナル物質が減り、炎症を抑える方向のシグナル物質が増える変化が、血液と腸組織の両方で確認されました。研究ではこれを「抗炎症的な免疫状態へのシフト」と表現しています。ただしこれはあくまで健康なマウスでの観察であり、ヒトの疾患への効果を示すものではありません。

そして三つ目、最も意外な変化がここに来ます。ZB2の投与後に腸内細菌の構成を調べると、酪酸を作る菌(酪酸産生菌)が選択的に増えていたのです。酪酸とは腸の粘膜細胞のエネルギー源となる短鎖脂肪酸の一種で、腸の内壁の維持に関わるとされる成分です。ZB2自身が酪酸を作るのではなく、酪酸産生菌が育ちやすい土壌を整えていた——これは腸内細菌どうしが助け合う「連鎖(クロスフィーディング)」と呼べる現象です。

三つを並べ直すと、こう読めます。腸壁が引き締まり、免疫が落ち着き、酪酸産生菌が育つ土壌ができる。ZB2はその連鎖の引き金を引く触媒であり、最終的に届ける酪酸は自分の手ではなく、腸内の別の菌に作らせています。この「触媒としての役割」がヒト試験でも確認されるか——それが次に見に来る理由になります。

「遠い話」ではなく、食卓の発酵食品へ

浙江省の竹の子漬けは日本ではなじみが薄くても、発酵食品そのものは日本の食卓に深く根付いています。研究の菌とは別物ですが、ここで一つ立ち止まって考えたいことがあります。クロスフィーディングという連鎖を持つ乳酸菌が竹の子漬けから見つかったとすれば、ぬか床や味噌の中にも似た連鎖を持つ菌が潜んでいる可能性はゼロではない——まだ誰も系統的に探していないだけかもしれません。そう思って足もとの発酵食品を見直すと、数字の読み方が少し変わります。

糸引き納豆は大豆を納豆菌で発酵させた食品で、100gあたり食物繊維を9.5g含みます。1パック(約40g)なら約3.8gです。食物繊維は腸内細菌の「えさ」になる成分で、日本人の食事摂取基準でも目標量が定められ、成人ではおおむね1日18〜22g以上(年齢・性別で異なる)がすすめられています。納豆1パックは、その一押しになります。

ぬかみそ漬けは乳酸菌による発酵を経た伝統漬物です。ただし食塩相当量が100gあたり3.8gと高めなので、塩分の摂りすぎには注意が必要です。食べる量は小鉢一盛り(30g程度)にとどめるのが現実的でしょう。

プレーンヨーグルト(無糖)は、牛乳を乳酸菌で発酵させた身近な一品です。100gあたり乳酸0.7g、酪酸100mgを含みます。ただしこれはヨーグルトにもともと含まれる成分であって、先ほどの研究で増えていた「腸内で酪酸産生菌が作り出す酪酸」とは別の話です。両者を混同しないようにしましょう。1食の目安は100g前後(市販の小カップおよそ1個分)。乳糖を分解しにくい体質(乳糖不耐症)の方は、少量から試すとよいでしょう。

これらはそれぞれ異なる菌と製法を持つ発酵食品であり、ZB2と同じ働きをするわけではありません。あくまで「発酵食品を日常的に取り入れている」という文脈での参考です。※特定の食品の効果を示すものではありません。

研究の誠実な読み方と、食卓への静かな後押し

この研究にはいくつかの前提があります。対象は健康なマウスで、ヒトへの適用はまだ確認されていません。使われたのはZB2という特定の株であり、発酵食品に含まれるすべての乳酸菌が同じ性質を持つわけではありません。「腸の壁の強化」や「免疫の調整」が具体的にどんな健康状態の変化につながるかも、今後のヒト臨床研究を待つ必要があります。

それでも示唆は興味深いものです。納豆・ぬかみそ・ヨーグルトといった多様な発酵食品を日々の食事に取り入れることは、腸内の微生物環境を多彩に保つことにつながるかもしれない——科学が少しずつ、その輪郭を描きつつあります。

まだ十分に調べられていない竹の子漬けから、触媒として働く候補菌が見つかった。その事実は、伝統発酵食の多様性がなお多くの未発見を抱えていることを教えてくれます。次にこの菌株のヒト試験の結果が出たとき、「連鎖の引き金」が本当に腸の中で起きているのかどうか——腸内環境の話はまた一段、具体性を帯びてくるはずです。

※本記事は日本食品標準成分表(八訂)および日本人の食事摂取基準(2025年版)のデータ等をもとに作成しました。