この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:International Journal of Molecular Sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ収穫後の果実の病害が問題になるのか

果実はビタミンや食物繊維、水分の供給源として食生活に欠かせず、国際的な農産物貿易の柱でもあります。しかし論文の著者らは、貯蔵や輸送の段階で失われる果実が多く、毎年大きな経済的損失が生じていると指摘しています。果実が傷む原因は熟成や老化だけではなく、病原性のカビ(糸状菌)による収穫後病害が大きな要因です。

著者らが挙げる代表的な病原菌には、灰色かび病や果実腐敗を引き起こす広い宿主範囲をもつBotrytis cinerea、そしてPenicillium expansum、P. digitatum、P. italicumなどがあります。とくにP. digitatumは、亜熱帯地域のかんきつ類で収穫後損失の最大90%を占めると報告されています。さらに一部の菌はパツリンやオクラトキシンといったカビ毒(マイコトキシン)を産生し、消費者の安全上のリスクにもなります。

長年、こうした病害の防除には合成殺菌剤が主に用いられてきました。しかし著者らは、長期にわたる広範な使用が菌の薬剤耐性を招き、散布量の増加と耐性の進行という悪循環を生んでいること、また農薬残留が輸出の障壁になりうることを問題視しています。農薬削減の国際的な流れと食品安全への関心の高まりを背景に、新しい防除技術が求められている——これが本総説の出発点です。

「エリシター」とは何か、どんな種類があるか

植物は、細胞の表面や内部にある受容体でさまざまな分子を認識し、免疫を発動します。細胞表面のパターン認識受容体(PRR)が病原体由来の分子パターン(PAMP)や、傷害によって生じる自己分子パターン(DAMP)を感知して起こる免疫は「パターン誘導免疫(PTI)」と呼ばれ、著者らによれば、これは細胞を殺しながら栄養を得るタイプの病原菌(死物寄生菌)に対する第一の防御線です。収穫後病害の多くはこのタイプの菌によるものです。

植物免疫エリシターとは、こうした植物自身の免疫を活性化して病害抵抗性を高める物質を指します。著者らはGoogle ScholarとWeb of Scienceで1990年以降の文献を「fruit」「elicitor」「immunity」「disease」といった語で検索し、収穫後果実のエリシターを由来に基づいて五つに分類しました。すなわち、糖質系エリシター、植物ホルモンとその機能的類縁体、分泌タンパク質エリシター、無機化合物、そしてその他です。

糖質系では、キトサンが最もよく研究されています。著者らによれば、キトサンは免疫を誘導する働き、抗菌作用、皮膜を作る性質を併せ持ちます。ネーブルオレンジでの抵抗性誘導や活性酸素(ROS)代謝の調節、キウイフルーツの腐敗低減、イチゴやブドウでのジャスモン酸(JA)産生を介した灰色かび病抵抗性の向上などが報告されています。ペクチンオリゴ糖やオリゴガラクツロニド、アルギン酸オリゴ糖、プルランなども取り上げられています。

植物ホルモン系では、JAとサリチル酸(SA)が免疫調節の中核です。著者らはこれらの役割を整理し、JAは主に死物寄生菌や食害・傷害への応答を、SAは主に局所防御と全身獲得抵抗性(SAR)を担うとしています。メチルジャスモン酸(MeJA)処理によるトマトの灰色かび病抵抗性の向上や、SA処理によるオウトウでのP. expansum感染の抑制、SAの合成類縁体であるベンゾチアジアゾール(BTH)によるモモやマンゴー、バナナでの抵抗性誘導などが紹介されています。一方で、メラトニンはトマトでは抵抗性を高めるものの、かんきつ類では防御に必要なROSを過剰に消去して抵抗性を下げるという、対照的な報告も併記されています。

無機化合物ではケイ酸ナトリウム、炭酸・重炭酸ナトリウム、塩化カルシウムなどが、その他のエリシターとしてはオゾン、シンナムアルデヒド、シトラール、γ-アミノ酪酸(GABA)やβ-アミノ酪酸(BABA)などのアミノ酸類が挙げられています。

注目される分泌タンパク質エリシターとその働き方

本総説がとくに焦点を当てるのが、病原微生物・拮抗微生物・植物自身が細胞外に分泌するタンパク質からなるエリシターです。著者らによれば、この分野は火傷病菌Erwinia amylovoraから過敏感反応を誘導するタンパク質ハーピンが同定されて以降、急速に発展しました。

ハーピンについては、リンゴのP. expansumによる青かび病の低減、ハミウリやマスクメロンでのペルオキシダーゼやキチナーゼ活性の上昇を伴う抵抗性向上、キウイフルーツでのリグニン蓄積を伴う抵抗性向上などが報告されています。具体的な数値としては、4℃で28日間貯蔵したナツメで30 mg/Lのハーピン処理が、無処理と比べて病害指数を約54%低減し、重量減少を約38%抑え、果実の硬度を約123%高めたという報告が紹介されています。また収穫後のハミウリでは90 mg/Lの処理により局所および全身の抵抗性が誘導され、病斑の進展抑制が‘8601’品種で処理区8日・無処理区6日、‘New Queen’品種で5日・3日続いたとされています。リンゴの傷口を顕微鏡で観察した研究では、無処理では48時間以内にP. expansumの定着が確認され72時間で組織内に侵入したのに対し、処理果実では96時間まで明確な胞子発芽や傷口での定着が見られず、定着が観察されたのは144時間後だったと報告されています。

このほか、P. digitatum由来のPdEIX、枯草菌Bacillus subtilis K1の分泌タンパク質、Pythium periplocum由来のエリシチンPpEli2、ライチ由来のLcPIP1、Pichia galeiformis由来のPgSLPやPgTRXなど、多様なタンパク質が取り上げられています。枯草菌由来のGM001344では、B. cinerea接種の24時間前に処理することで発病率が100%から63.5%に、病害程度の指数が76.75から38.43に低下し、6日後には硬度・可溶性固形分・アスコルビン酸も対照より高く保たれたと報告されています。

働き方については、著者らは複数の段階に整理しています。まず、受容体様キナーゼや受容体様タンパク質による認識をきっかけに、カルシウムイオンの流入、ROSの一過的な増加(バースト)、タンパク質リン酸化のカスケードといった初期シグナルが動きます。次に転写の組み替えが起こり、防御関連遺伝子の発現が変わります。さらに一次代謝・二次代謝の再配分が生じ、グルタチオンによる酸化還元の調節や、フェニルプロパノイド経路を通じたフェノール類・リグニンの蓄積につながります。最後に、リグニンやカロースの蓄積、細胞壁の再構築といった物理的な障壁の強化が、微小な傷や割れ目からの病原菌の侵入・拡大を妨げます。ただし著者らは、受容体による認識の証拠はエリシターごとに個別であって普遍的ではないこと、果実における多くの分泌タンパク質エリシターの受容体や共受容体の結合部位は依然として不明であることも明記しています。

病害防除にとどまらない効果と、実用化に向けた課題

著者らが強調するのは、エリシターの価値が病害の抑制だけにとどまらない点です。総説では、エリシター処理が貯蔵中のアスコルビン酸、アントシアニン、フラボノイド、カロテノイド、可溶性糖などの蓄積を促したり、その消耗・分解を遅らせたりすることで、果実の色や味に関わる品質の維持に寄与した報告が整理されています。たとえば‘Angeleno’スモモでは0.1 mMのメラトニン処理により中果皮の総フェノールとアントシアニンがそれぞれ21%、58%増加したこと、‘Sahebi’ブドウを1℃で60日貯蔵した試験では40 mMのGABA処理が対照と比べて重量減少35%減、果梗の褐変30%減、腐敗発生63%減を示したことなどが挙げられています。

もう一つの側面が、低温障害(チリングインジャリー)への耐性です。低温障害は、低温に弱い果実を凍結点より高いものの安全な限界温度より低い条件で貯蔵したときに起こる生理障害で、表面の褐変やくぼみ、水浸状の病斑、異常な追熟として現れます。メラトニン、MeJA、SA、24-エピブラシノライドなどの処理で低温障害が軽減された報告が紹介されています。ここでも著者らは、‘Langra’マンゴーでは100 μMメラトニン処理により低温障害が21%から5%へ下がった一方、‘Gulab Jamun’では38%から36%へと2ポイントの低下にとどまり、品種による差が大きいことを示す例を併せて記しています。

実用化への課題として、著者らはまず証拠の鎖が弱いことを挙げます。候補となる分泌タンパク質は数多いものの、分泌タンパク質・果実側の受容体・機能的な表現型・実際の応用データを結ぶ証拠が不足しており、多くの候補分子は葉や異種発現系でしか検証されていません。そこで著者らは、確認済みのエリシターを明示した分泌タンパク質のデータベースと、果実の候補受容体を集めたデータベースを構築し、AIや構造バイオインフォマティクスで候補の優先順位をつける研究の枠組みを提案しています。ただし、予測の不確かさやモデルの偏りは明確に報告すべきであり、個々の候補の組み合わせは実験による検証が必要だと釘を刺しています。

コストも大きな制約です。タンパク質全長ではなく小さな活性ペプチドに置き換えることで製造や品質管理の負担を下げられる可能性があり、BcIEB1由来の35アミノ酸のペプチドieb35が元のタンパク質の活性を保っていた例が、分離可能な活性断片の存在を示す根拠として挙げられています。また、加工・製造・保管・輸送を通じた安定性を考慮した製剤設計や送達システムの検証、拮抗微生物やキトサンなど他技術との組み合わせも、今後検討すべき方向として示されています。

この総説が示すもの

著者らは収穫後果実の免疫エリシターを五つに分類し、病害防除・品質維持・非生物的ストレス耐性という三つの側面をひとつの枠組みでとらえ直しました。従来の研究の多くが葉やモデル植物の免疫ネットワークを対象としてきたのに対し、果実の生理や成熟段階、宿主と病原菌の相互作用に左右される果実固有の抵抗性に目を向け、これら三つを併せて評価すべきだと論じている点が、この総説の位置づけを示しています。

同時に著者らは、期待だけでなく限界も並べて示しています。エリシターの効き方は品種によって大きく異なり、同じ物質でも果実の種類によって逆向きの結果が出ることがあり、分泌タンパク質エリシターでは受容体そのものが多くの場合まだ分かっていません。何が確かめられていて、何が未解明のまま残っているのか——その境界線を丁寧に引き直したことが、この総説から伝わる意味だと言えます。

著者:Donghai Xie(Key Laboratory of Plant Hormones and Molecular Breeding of Chongqing, School of Life Sciences, Chongqing University, Chongqing 401331, China)、Chan Xu(Key Laboratory of Plant Hormones and Molecular Breeding of Chongqing, School of Life Sciences, Chongqing University, Chongqing 401331, China)、Juanni Yao(Key Laboratory of Plant Hormones and Molecular Breeding of Chongqing, School of Life Sciences, Chongqing University, Chongqing 401331, China)、Yulin Cheng(Key Laboratory of Plant Hormones and Molecular Breeding of Chongqing, School of Life Sciences, Chongqing University, Chongqing 401331, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Donghai Xie, Chan Xu, Juanni Yao, et al. Plant Immune Elicitors for Postharvest Fruit Preservation: Multifunctional Benefits, Emerging Secreted Protein Elicitors, and Future Perspectives. International Journal of Molecular Sciences 2026-08-28. DOI: 10.3390/ijms27177699. 原著ライセンス:CC BY.