著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Journal of Daoist studies
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
インドの伝統医学アーユルヴェーダでは、食べ物は適切な睡眠、節度ある性生活と並んで生命を支える三つの柱の一つとされます。何を、どれだけ、どのように調理し、どう食べるかが、心身全体の健康を左右すると考えられてきました。
著者らは、植民地化やグローバル化、都市化が進むなかで、加工食品やファストフードが日常の食事に入り込み、伝統的な食習慣が大きく変わってきたと指摘しています。そのうえで、インド中部チャッティースガル州の伝統食とその食材を、アーユルヴェーダの食の伝統という枠組みの中に位置づけることを目的としました。祖先から受け継がれた食の知恵が現代の健康課題にどう関わるかを示し、特に若い世代に向けてその再評価を呼びかけることも、論文のねらいとされています。
アーユルヴェーダにおける食の考え方
論文はまず、古典文献に記された食の理論を整理しています。アーユルヴェーダでは、健康を評価する際に、体の組織、土地や環境、体力、季節や時間、消化力、生まれ持った体質、年齢、心の強さ、慣れ、食習慣という十の観点を重視するとされます。
食事量については、胃の半分を固形物、四分の一を水などの液体で満たし、残りの四分の一は空けておくという指針が紹介されています。また、食べ物は体に良いものと良くないものに分けられ、味や空腹を満たすことだけでは十分な栄養にならないと考えられています。
心の状態との関係も重要な柱です。アーユルヴェーダでは心のあり方を、調和や明晰さを表す「サットヴァ」、活動や落ち着きのなさを表す「ラジャス」、停滞やだるさを表す「タマス」の三つで捉え、食べ物がこれらの状態に影響すると考えます。論文題名にある「サットヴィク・アーハーラ」とは、調和と満足に結びつく、純粋でバランスのとれた食事を指します。さらに、食材の組み合わせや調理法、季節などによって生じる「食べ合わせの悪さ」が十八種類に分類されていることにも触れ、著者らはファストフード中心の食生活をこの考え方と関連づけて論じています。
チャッティースガル州の食文化をどう調べ、何を記録したか
著者らは、地域の食文化を理解するため、住民と対面で話を聞く民族誌的な調査を行いました。自由に答えられる質問を用いた半構造化インタビューで、好んで食べるもの、調理法、季節による食事の違いなどを尋ねています。
論文によると、チャッティースガル州は「中央インドの米どころ」と呼ばれ、住民の約7割が農業で生計を立て、約8割が農村部に暮らしています。州の面積の約44%を森林が占め、農村や先住民の人々は、根、イモ類、葉、花、果実などの森の恵みを食事に取り入れてきました。先行研究に基づき、70種類以上の葉物野菜と約25種類のイモ・根菜が地域で食べられていることも紹介されています。主食は米ですが、一般的な食事には豆類、地元の葉物野菜、イモ類も含まれます。
論文では、米を使った料理と、米を主材料としない料理の双方が具体的に記録されています。たとえば、炭火で焼く米粉の平焼きパン「アンガカル・ロティ」、発酵させずにすぐ焼く米と豆の生地のパンケーキ「チーラ」、ほとんど油を使わない蒸し団子「ファラー」、少量の米を多めの水で炊く粥状の「ページ」などです。ページは夏には水を多くして水分補給に役立て、消化しやすいため体調の悪いときにも勧められるとされ、著者らはアーユルヴェーダの伝統的な粥状の調理品に近いと述べています。
ほかにも、竹の子や野菜を使った酸味のあるスープ「アーマト」、ひよこ豆の生地を蒸した「バフォーリ」、ケツルアズキ(ブラックグラム)のペーストで作った小さな団子を入れたカレー「ドゥバキ・カディ」などが紹介されています。甘い料理としては、米粉とジャガリー(未精製の砂糖)とごまの揚げ菓子「アナラサ」や、祭りの時期に作られ日持ちのする「クルミ」などが挙げられています。また、白ウコンとも呼ばれる植物「ティクール」の根茎から取るでんぷんを使った菓子についても記され、その根茎が民間療法で発熱や関節痛、消化不良などに用いられてきたことや、地域によっては子どもの補助食品としても使われていることが紹介されています。
研究が示すこと
著者らは、チャッティースガル州の伝統食が、地域の知識、文化遺産、自然との調和を重んじる知恵が重なり合ったものであり、アーユルヴェーダの「サットヴィク・アーハーラ」の考え方とおおむね一致していると論じています。身近な自然資源を生かす食のあり方は、栄養の確保だけでなく、生物多様性の保全や地域社会の持続性にもつながると位置づけられています。
世界的に食の多様性が失われつつあるなかで、この地域の人々が伝統的な食習慣をおおむね守ってきたことに、著者らは意義を見いだしています。伝統的な食の知識を守ることは文化遺産の保存にとどまらず、健康と持続可能な社会を考えるうえでの手がかりにもなる。それが、この論文から伝わるメッセージです。
原著論文の著者・所属:Arindam, Patra(Assistant Professor (Senior Grade), Dept. of English, O.P. Jindal University, Raigarh)、Suchismita, Panda(Assistant Professor, Dept. of English, O.P. Jindal University, Raigarh)、Shakuntala V., Yadav(Assistant Professor, Department of Engineering Sciences and Humanities, St. Vincent Pallotti College of Engineering and Technology, Nagpur)、Aninnya, Sarkar(Assistant Professor, Department of Humanities and Social Sciences, GH Raisoni College of Engineering and Management Nagpur)、Supriyo, Chakraborty(Lecturer, Department of English, Siddheshwar College (Affiliated to Fakir Mohan University), Balasore, Odisha)、Lavina, Keswani(Assistant Professor, Department of Humanities, R.S.Mundle Dharmpeth Arts and Commerce College, Nagpur)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Arindam, Patra, Suchismita, Panda, Shakuntala V., Yadav, et al. Health and Well-Being through Traditional Food Habits: An Ayurvedic Perspective on Sattvik Ahara and Indigenous Food Culture of Chhattisgarh (India). Journal of Daoist studies 2026-10-17. DOI: 10.5281/zenodo.23432116. 原著ライセンス:CC BY.