「海のパイナップル」と聞いて果物を思い浮かべると、現物に少し驚く。いぼだらけのゴムのような外皮を割ると、ランプシェードを小さくしたようなオレンジ色の身が現れ、磯の香りが手にまとわりつく。口に入れれば、甘み・苦み・旨みが複雑にからまり合い、独特の歯ごたえが残る。パイナップルどころか、これは海に生きる動物なのだ。

漢字で「海鞘」と書くほや——名前の由来は、身の形が行灯のランプシェード(火屋=ほや)に似ているからだという。食用になるのは真ぼや・赤ぼやなどで、卵形の体は長さ20cm、幅10cmほど。東北・三陸沿岸では養殖が盛んで、春から初夏にかけて水揚げが増え、6月下旬はその最盛期の終わりにさしかかる頃。店頭に並ぶ姿が少しずつ減りはじめる前の、まさに「駆け込み」の食べどきだ。

1個230g、食べられるのは46g——廃棄率80%の食材

意外なのは、その大半が口に入らないことだ。成分表上、廃棄率は80%と記されている。廃棄率とは、食品全体に対して皮や殻など食べられない部分が占める割合のこと。ほやの場合、あのごつごつした外皮と内側の水分がそのほとんどを占める。つまり1個(目安として約230g)を手に取っても、実際に味わえる身は46g前後。残り8割を捨ててなお手に取りたくなる、それがほやだ。

その小さな身には、見逃せないものが詰まっている。亜鉛が可食部100gあたり5.3mg。1個分の可食部(約46g)に換算すると約2.4mgになる。亜鉛は体内で多くの酵素の成分となり、味覚を正常に保つ働きに関わるミネラルで、不足すると味覚障害を招くとされる。日本人の食事摂取基準では女性(30〜49歳)の推奨量を1日8mgとしており、可食部100gあたりの5.3mgはその約66%にあたる。磯の香りを楽しみながら、味覚を支える栄養を受け取っている——ほやの一口は、それ自体が五感への贈り物のようだ。※特定の食品の効果を示すものではありません。なお、成分表に三陸ほやの個別収録がないため、ここでは一般的なほや(生)の値で見ている。

薄く切って、きゅうりと和える

さばき方に慣れれば、ほやは思いのほか手軽に食卓へ上がる。外皮に包丁を入れて身を取り出し、薄切りにしたらきゅうりと合わせた酢の物が定番だ。酢の酸味がほや特有の磯の苦みを引き立て、さっぱりと夏の食欲に合う。白焼きにして香ばしさを出す食べ方もあり、片栗粉をまぶしてゆでた身を椀のだねにする仕立ては、磯の香りがやさしく立ちのぼる一椀になる。

初めて手に取るなら、地元の魚屋やスーパーで殻むき済みのパックを選ぶのがいちばん手軽だ。鮮度が落ちやすいので、買ったその日に食べ切るのが鉄則。冷たく冷やして塩水でさっと洗い、薄切りにして酢と醤油で——下ごしらえはそれだけでいい。

今年の食べどきは、もうわずか

ほやの旬は地域や気候によって前後するが、三陸産は概ね春から初夏が最盛期で、6月下旬はその名残の時期にあたる。7月に入ると水揚げは急速に落ち着き、店頭から姿を消していく。あのいびつな外皮を手に取れる機会は、今年もあとわずかかもしれない。

海のパイナップルは、図鑑で見るより実物の異形さが上回る食材だ。切り口から現れるオレンジ色、鼻をくすぐる磯の香り、歯が沈む独特の感触——どれも、この季節にしか体験できない。栄養の話は「だから今これを食べる理由」の後押しにすぎない。まずは旬の終わりを惜しみながら、三陸の6月を一口、味わってみてほしい。

※本記事は日本食品標準成分表(八訂)および日本人の食事摂取基準(2025年版)のデータ等をもとに作成しました。

栄養素のはたらき・摂取基準の記述は、次の公的資料に基づきます:厚生労働省 食事摂取基準