著者の所属・活動拠点の国は、ウズベキスタン、イラン、モンゴル、カザフスタン、キルギス、ベトナム、イタリア、オランダです。
掲載誌:Indian Journal of Gastroenterology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
地域の専門家が集まった目的
セリアック病は、小麦・大麦・ライ麦に含まれるたんぱく質「グルテン」に免疫が反応し、小腸に炎症が起きる病気です。栄養の吸収が妨げられ、慢性的な下痢、貧血、低身長、腹部の不快感などが起こります。近年は、腸以外の症状が中心となるタイプも知られるようになりました。たとえば、ふらつきなどの神経症状、皮膚の病変、骨粗しょう症です。
2026年3月、ウズベキスタンのタシケントで、中央アジア、モンゴル、イランの専門家による初めてのセリアック病タスクフォース会合が開かれました。この論文はその議論をまとめたものです。目的は、病気についての知識と臨床経験を共有し、国際協力を深め、研究の優先課題を定めることでした。著者らは、この地域に共通する特徴を挙げています。人口がまばらな広大な土地、小麦と肉を中心とした食生活、民族は多様でも共通する遺伝的背景、専門医療を受けにくい環境です。これらはいずれも、病気の広がり方や診断のされ方に関わる要因だとしています。
地域でどこまで分かっているか
セリアック病には遺伝的な要因が強く関わります。主な要因は、免疫に関わる遺伝子型「HLA-DQ2」と「HLA-DQ8」です。論文によると、カザフスタンの患者でのこれらの分布は欧州と同程度でした。イランの患者では約85〜95%がいずれかを持ち、ウズベキスタンのセリアック病の子ども(患児)でも多くが同じ型を持っていました。食事の面では、中央アジアの小麦消費量は1人あたり年150kgを超えます。東南アジアの年25kg未満と比べると大きな差があり、著者らはグルテンにさらされる量が多いことを指摘しています。
一方、実際に患者がどれくらいいるかを示すデータは、イランを除いてほとんどありません。イランでは、複数の研究を統合した分析により有病率が約1%と推定されています。2000年代初めからは、病気への認識の高まりや検査の普及に伴って、診断数が急増しました。ウズベキスタンでは、症状があって受診した子どもの5.3%がセリアック病と診断されています。ただしこれは、一般の人口全体での割合ではありません。抗体の値が高く、腸の傷みも進んだ段階で見つかる例が多く、著者らは診断がかなり遅れていると見ています。
キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンについては、発表された研究がありません。モンゴルでは、ウランバートルの病院で292人の患者集団が報告されています。家族歴のある人が9.2%、小脳の障害によるふらつきを示した人が最大7%いました。一方、モンゴルではまだ遺伝子型の検査ができません。中国の新疆ウイグル自治区も、遺伝的背景と小麦中心の食事から、リスクの高い可能性がある地域として取り上げられています。著者らは、この地域全体で患者の多くがまだ見つかっていないだろうと述べています。
診断と治療を阻む壁
診断の第一歩は、血液中の特定の抗体(tTG-IgA)を調べる検査です。必要に応じて、小腸の組織を内視鏡で採取して確認します。しかし論文によれば、この地域には次のような壁があります。人口密度が低く、専門医が首都に集中していること。地方では抗体検査を受けにくいこと。内視鏡設備も、組織を正確に評価できる病理医も少ないことです。さらに医師の間では、「慢性の下痢と発育不良」という古典的な症状像が今も診断の基準になりがちだといいます。
著者らはそのうえで、いくつかの方法を紹介しています。一つは、患者の家族など発症リスクの高い人を絞って調べる方法です。資源の限られた地域では、これが最も効率的だとしています。ほかに、その場で結果が出る簡易抗体検査や、遠隔で組織画像を診断する仕組みも挙げています。症状のある子どもで抗体値が十分に高い場合は、国際的な指針に沿って組織の採取を省く診断法も示しています。また、この地域ではジアルジアという寄生虫の感染が多く、セリアック病と見分けにくい腸の変化を起こします。そのため、まず寄生虫を調べて治療し、そのうえで改めて評価する段階的な手順を勧めています。
治療の中心は、グルテンを含まない食事を厳格に続けることです。イランの成人210人の研究では、厳格に守れていた人は55%でした。著者らは、ほかの国では同程度かそれ以下だろうと見ています。続けにくい理由として、次の点を挙げています。補助金で小麦製品が安いこと。グルテンフリー食品が高く、手に入りにくいこと。食事を大勢で共にする文化があること。地域の共同製粉所で他の穀物に小麦が混入しやすいこと。家庭用の製粉機は混入を減らせる可能性があります。ただし効果はまだ検証されておらず、今のところ日常的な対策としては勧められていません。一方で、米料理、肉の煮込み、乳製品など、もともとグルテンを含まない伝統食が豊富にあることにも触れています。
タスクフォースの提言とその意味
この地域には、「グルテンフリー」表示の法的な基準を定めた国がありません。表示は任意で、ほとんど監視されていないと報告されています。そこで著者らは、EUにならい、グルテン20ppm以下を条件とする義務的な表示基準の導入を提言しました。ほかの提言は次のとおりです。抗体検査を1回5〜10ドル以下にして、簡易検査を地方に展開する。一般の人を対象にした有病率調査を行う。遺伝子型の登録制度をつくる。医療者向けのオンライン研修を用意する。正式な患者会を設立する。多施設で使える調査票を統一する。
この論文が示しているのは、セリアック病が中央アジア、モンゴル、イランで見過ごされがちな、しかし無視できない病気だということです。そして、患者を見つけ、治療を続けられる環境を整えるには、医療者、行政、患者と家族のそれぞれが動く必要があると訴えています。著者らは、地域の協力を通じて診断体制を強化し、制度の改善を働きかけることで、患者が適切な診断と支援を受けられるようにすることを目指すとしています。
原著論文の著者・所属:Svetlana Geller(Republican Specialized Scientific Practical Medical Centre of Paediatrics, Tashkent, Uzbekistan)、Mohammad Rostami-Nejad(Coeliac Disease and Gluten Related Disorders Research Centre, Research Institute for Gastroenterology and Liver Diseases, Shahid Beheshti University of Medical Sciences, Tehran, Iran)、Tungalag Byambadorj(Department of Gastroenterology and Endoscopy, Intermed IUHW Hospital, Ulaanbaatar, Mongolia)、Kanat Batyrbekov(Department of Expert Endoscopy, National Research Oncology Centre, Astana, Kazakhstan)、Baktygul Chubakova(Department Gastroenterology, National Centre for Maternal and Child Health, Bisjkek, Kyrgyzstan)、Dimitri Poddighe(College of Health Sciences, Vin-University, Gia Lam District, Hanoi, 10000, Vietnam)、Gulnoza Azizova(Department Paediatric Gastroenterology, Akfa Medline University Hospital, Tashkent, Uzbekistan)、Zulfiya Abdujabarova(Department Paediatrics, Centre for Professional Development of Medical Workers, Tashkent, Uzbekistan)、Nigora Alieva(Department Paediatrics, Tashkent State Medical University, Tashkent, Uzbekistan)、Dinora Dustmukhamedova(Republican Specialized Scientific Practical Medical Centre of Paediatrics, Tashkent, Uzbekistan)、Aissulu Kapassova(Department Gastroenterology, Medical University of Astana, Astana, Kazakhstan)、Barno Musaeva(Republican Specialized Scientific Practical Medical Centre of Paediatrics, Tashkent, Uzbekistan)、Vladimir Pankov(Nutrition Coordinator, Central-Asia, drSchaer, Winkelau, Italia)、Inobat Akhmedova(Department Paediatrics, Centre for Professional Development of Medical Workers, Tashkent, Uzbekistan)、Zulkhumor Umarnazarova(Republican Specialized Scientific Practical Medical Centre of Paediatrics, Tashkent, Uzbekistan)、Kamola Usmanova(Republican Specialized Scientific Practical Medical Centre of Paediatrics, Tashkent, Uzbekistan)、Chris J. Mulder(Department Gastroenterology, Amsterdam UMC, Amsterdam, The Netherlands)、Altinoy T. Kamilova(Republican Specialized Scientific Practical Medical Centre of Paediatrics, Tashkent, Uzbekistan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Svetlana Geller, Mohammad Rostami-Nejad, Tungalag Byambadorj, et al. Central Asian-Mongolian-Iranian celiac disease taskforce: A look into the future– 2026-2035 and beyond. Indian Journal of Gastroenterology 2026-10-21. DOI: 10.1007/s12664-026-02075-4. 原著ライセンス:CC BY.