著者の所属・活動拠点の国は、ベルギーです。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

牛乳の脂肪は、主にトリアシルグリセロールという形で存在しています。牛乳にもともと含まれる酵素(リポタンパク質リパーゼ)がこの脂肪を分解すると、遊離脂肪酸が生じます。この現象を「脂肪分解(リポリシス)」と呼び、進むと牛乳に酸敗臭などの風味の欠陥が生じることがあります。通常は脂肪球を包む膜が脂肪を酵素から守っていますが、機械的な刺激などで膜が傷つくと分解が進みやすくなります。

著者らによると、脂肪分解は20世紀に盛んに研究されたため、解決済みの古いテーマとみなされがちでした。しかし近年は、搾乳ロボットの普及や搾乳回数の増加によって脂肪分解の水準が上がっており、牛乳の品質監視への関心が改めて高まっています。特に、酪酸(C4)をはじめとする炭素数の少ない「短鎖遊離脂肪酸」は、風味の欠陥の主な原因とされています。

遊離脂肪酸を一つひとつ正確に測るにはクロマトグラフィー(成分を分離して測る分析法)が必要ですが、費用と手間がかかり、大量の日常検査には向きません。そこで注目されているのが、牛乳に中赤外光を当てて得られるスペクトル(光の吸収パターン)から成分量を推定するFT-MIR分光法です。乳業ではすでに広く使われている方法です。

研究チームは以前、FT-MIRで遊離脂肪酸を予測するモデルを作っていました。ただしその研究には、標準化されていない基準分析法を使っていたことや、データの幅を広げるために人工的に脂肪分解を起こした試料に頼っていたことといった限界がありました。今回の研究は、こうした限界を克服し、現場でより頼れる予測モデルを作ることを目的としています。

何を調べたのか

研究チームはまず、自然に脂肪分解が進んだ牛乳を効率よく集めるため、既存のFT-MIRモデルをふるい分けに使いました。ベルギーの乳牛の牛群検定(乳量や乳成分を定期的に測る仕組み)で日常的に得られる予測値から、短鎖遊離脂肪酸が1リットルあたり50ミリグラムを超えると見込まれた試料を優先的に選びました。この基準は、風味の欠陥が感じられるとされる約51.8ミリグラム毎リットルに近い値として設定されています。こうして、牛群検定から208点、試験農場から40点、合わせて248点の試料を集めました。

選んだ試料は、2024年に国際標準として定められた新しいクロマトグラフィー法(ISO 24191:2024|IDF 263:2024)で分析されました。以前のデータは別の分析法で測られていたため、両方のデータをまとめて使えるかを確かめる必要があります。そこで、脂肪分解の程度が幅広い25点の牛乳を両方の方法で測り、結果がどの程度一致するかを比べました。

さらに、まとめたデータを使い、スペクトルから短鎖遊離脂肪酸の量を予測するモデルを作りました。手法には、FT-MIR分野で標準的に使われる部分最小二乗法(PLS)と、より複雑な関係を表せる機械学習の手法4種類(カーネルリッジ回帰、サポートベクター回帰、ランダムフォレスト、ガウス過程回帰)を用いて比較しました。また、量を推定するだけでなく、文献で示された基準値を境に試料を2つのグループに分ける「分類モデル」も作りました。

主な結果

2つの分析法を比べると、短鎖遊離脂肪酸では結果がよく一致しました。短鎖遊離脂肪酸の合計では、両方法の関係を表す直線の傾きが0.96、一致の度合いを示す決定係数(1に近いほど一致がよい)が0.91でした。一方、脂肪酸の炭素鎖が長くなるほど一致の度合いは下がり、長鎖遊離脂肪酸の合計では傾き0.35、決定係数0.34にとどまりました。この結果から著者らは、2つのデータを統合できるのは短鎖遊離脂肪酸だけで、中鎖・長鎖については統合を支持できないと判断しています。

両方のデータを組み合わせて作った短鎖遊離脂肪酸の予測モデルは、モデル作成に使っていない検証用データで決定係数0.80、平均的な予測誤差の目安(RMSE)が1リットルあたり32.08ミリグラムでした。論文は、この性能が既存の文献で報告されている水準と同程度だとしています。

分類モデルは、テスト用データの85%を正しいグループに振り分けました。また、機械学習の手法がPLSより優れるかどうかは予測対象の脂肪酸によって異なり、特にC6、C8、短鎖遊離脂肪酸の合計で改善が見られたと報告されています。

研究が示すこと

2つの基準分析法の結果がよくそろったのは短鎖遊離脂肪酸に限られ、中鎖・長鎖では一致が弱いことが測定されました。著者らはこの結果をもとに、予測モデルの学習に使うデータを作る際には基準分析法を正しく選ぶ必要があると指摘しています。そのうえで、自然に脂肪分解が進んだ現場の牛乳を加え、分析法の一致が確認された短鎖遊離脂肪酸について、既存の報告と同程度の性能をもつ量の予測モデルを示し、あわせてテスト用データの85%を正しく振り分けた分類モデルも作成したことが、この研究の主な成果です。

原著論文の著者・所属:Octave S. Christophe(Gembloux Agro-Bio Tech, TERRA Teaching and Research Centre, University of Liège, 5030 Gembloux, Belgium; Walloon Agricultural Research Center (CRA-W), 24 Chaussée de Namur, 5030 Gembloux, Belgium)、Didier Veselko(Comité du Lait de Battice, Route de Herve 104, 4651 Battice, Belgium)、Julie Leblois(Elevéo Asbl, AWE Group, 4, Rue des Champs Elysées, 5590 Ciney, Belgium)、Frédéric Dehareng(Walloon Agricultural Research Center (CRA-W), 24 Chaussée de Namur, 5030 Gembloux, Belgium)、Hélène Soyeurt(Gembloux Agro-Bio Tech, TERRA Teaching and Research Centre, University of Liège, 5030 Gembloux, Belgium)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Octave S. Christophe, Didier Veselko, Julie Leblois, et al. Enhancing FT-MIR Prediction of Short-Chain Free Fatty Acids in Milk Through High-Lipolysis Field Samples, Reference Method Evaluation and Machine Learning Approaches. Foods 2026-09-24. DOI: 10.3390/foods15193423. 原著ライセンス:CC BY.