この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Pakistan Journal of Botany

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとした研究か

クレソン(オランダガラシ、学名 Nasturtium officinale)はアブラナ科の多年生の水生植物で、著者らによれば、ヨーロッパ東地中海地域や南西アジア、中央アジア、アラビア半島、マカロネシア、アフリカ北部・北東部の熱帯域を原産とします。現在は南極大陸を除くすべての大陸に持ち込まれており、中国でも食用の葉物野菜、そして薬用の水生植物として広く栽培されてきました。

論文が問題として挙げるのは、栽培地から外に出た個体が自然の水域に定着し、野生化した集団(栽培管理を離れて自力で存続する集団)をつくっている点です。ところが中国国内では、この種についての科学的な調査や監視が十分でなく、分布や影響の実態がよく分かっていないと著者らは指摘します。そこで本研究は、中国への導入の経路、現在の分布、利用のされ方、そして生態系への影響を整理することを目的としました。

どのように調べたか

著者らは二つの方法を組み合わせています。一つは現地調査で、2015年から2022年にかけて中国各地で30回を超える野外調査を行い、各地点の経度・緯度・標高・水深・水温や植物の高さといった基礎情報、および植物群落の記録を集めました。過去の文献に記載のあった生育地もあらためて訪れ、現在の状況を確認しています。

もう一つは文献の精査です。「watercress(クレソン)」や学名と「China」を組み合わせた検索を英語・中国語のデータベースで行い、あわせて中国の外来侵入植物に関する図鑑や、植物分類の大規模データベースから、生育地の種類や位置情報などを収集しました。

報告された主な結果

導入の経緯について、論文は、クレソンが19世紀にポルトガルから中国の広東省へ最初に持ち込まれ、そこからマカオ、香港、広東周辺へと急速に広がったとする記録を紹介しています。広東省は中国でもっとも栽培の歴史が長い地域の一つで、仏山(フォーシャン)地域が最初に導入したとされ、清代の地方誌にはクレソンの葉や根の柔らかさ、スープの材料としての味わいを記した記述が残っていると述べられています。

現在の分布については、著者らの調査により、安徽、北京、重慶、広東、広西、貴州、河北、河南、黒竜江、香港、湖北、江蘇、江西、吉林、マカオ、上海、陝西、山東、山西、四川、チベット、台湾、新疆、雲南の24の省級行政区で野生化した集団が定着していることが確認されました。生育環境としては、涼しく湿った場所を好み、生育に適した温度はおよそ15〜25℃とされます。10℃まで下がると成長が止まって葉が紫がかった赤色になり、30℃を超えると成長が弱まって葉が焼けて黄色くなると報告されています。野外調査でもっとも多く見られた生育地はため池で、次いで湿地、河川、湖沼、水田の順でした。

利用面では、中国でクレソンは高く好まれる水生野菜であり、水田や池での集約的な栽培のほか、魚やエビと組み合わせた混合養殖にも用いられていることが観察されました。伝統中国医学では重要な薬用植物と位置づけられており、心血管疾患、肝疾患、がん、呼吸器感染症に関する研究があることも紹介されています。また、アオコの原因となるMicrocystis aeruginosaの増殖を抑える作用(他の生物の成長に影響する化学物質を出す働き)が報告されていることから、人工湿地や自然の湿地で、水中の栄養塩を取り除く手段として広く植えられているといいます。

一方で生態系への影響として、著者らは、クレソンが茎の断片から栄養繁殖で増える能力と速い成長力によって、密集した単一の集団をすばやく形成すると述べています。野外調査では、武漢と昆明でその乾燥重量が1平方メートルあたり350グラムを超える密な集団が確認されました。厚く覆われることで在来の水生植物の多様性が低下し、さらに、長江流域、雲貴高原、広東・広西地域といった固有種の多い生物多様性の重要地域にも広がっていることが指摘されています。著者らは、局地的な絶滅の危険がある在来の水生植物、トチカガミ科のOttelia cordataやNajas ovolataがクレソンに置き換わった事例を観察したと報告しています。

この研究が示すもの

クレソンは、中国では緑色食品・無公害食品として農業標準に位置づけられた有用な野菜であり、同時に自然の水域で在来の生物相を押しのける外来水生植物でもあります。著者らは、中国国内の研究の多くが栽培されたクレソンと商業生産に向けられてきたために、細かい分布の情報が乏しく、生態的な影響の理解と有効な管理・防除が進んでいないと述べています。なお、中国のある小さな島で行われた少数の研究では、その場所ではクレソンは侵入リスクの低い種と報告されている点も紹介されています。

有用な作物であることと、水域で在来の生き物を圧迫しうることが同じ一つの種に同居している——本研究が整理して見せたのはこの二面性です。著者らは、この植物の利用と管理を考えるうえでの基礎資料を提供するとともに、中国全土でのさらなる監視と野外調査の必要性を述べています。

著者:Fei Liu(Hubei Key Laboratory of Edible Wild Plants Conservation and Utilization , College of Life Science , Hubei Normal University , Huangshi 435002 , China)、Chunyan Lu(Hubei Key Laboratory of Edible Wild Plants Conservation and Utilization , College of Life Science , Hubei Normal University , Huangshi 435002 , China)、Zhang LingMei(Hubei Key Laboratory of Edible Wild Plants Conservation and Utilization , College of Life Science , Hubei Normal University , Huangshi 435002 , China)、Xiaolan Zhang(Hubei Key Laboratory of Edible Wild Plants Conservation and Utilization , College of Life Science , Hubei Normal University , Huangshi 435002 , China)、Luo Jinfen(Hubei Key Laboratory of Edible Wild Plants Conservation and Utilization , College of Life Science , Hubei Normal University , Huangshi 435002 , China)、Wen Xiong(Hubei Engineering Research Center of Special Wild Vegetables Breeding and Comprehensive Utilization Technology , Huangshi 435002 , China)、Pingan Guo(Hubei Engineering Research Center of Special Wild Vegetables Breeding and Comprehensive Utilization Technology , Huangshi 435002 , China)、Shan Fu(Hubei Engineering Research Center of Special Wild Vegetables Breeding and Comprehensive Utilization Technology , Huangshi 435002 , China)、Liang Chen

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Fei Liu, Chunyan Lu, Zhang LingMei, et al. Watercress (Nasturtium officinale) in China: introduction, current distribution and ecological impacts. Pakistan Journal of Botany 2026-08-25. DOI: 10.30848/pjb2027-1(12). 原著ライセンス:CC BY.