私たちが日々口にする食べ物には、栄養素だけでなく、目には見えない大量の微生物やその痕跡も含まれています。土壌にすむ微生物、作物や食品に付着する微生物、加工や調理の環境にいる微生物——これらは農場から食卓までの過程(食システム)を通じて、最終的に私たちの腸内細菌叢にも影響を及ぼしうると考えられています。今回紹介する総説は、この『食システムの微生物的な側面』を、人・動物・環境の健康を一体として捉える『ワンヘルス』という枠組みから整理したものです。

食システムをめぐる、これまであまり語られなかった視点

食システムはこれまで、栄養価や食品安全、生産性、環境負荷(温室効果ガス排出など)といった観点から論じられることが多く、農場から食卓に至る経路にどのような微生物が関わっているかという点には、比較的注目が集まってこなかったといいます。土壌、植物、食品、加工環境、家畜、そして人の腸——これらすべてに独自の微生物群集が存在し、栄養循環や植物の生育、食品の性質、代謝、免疫調節、生態系の回復力(レジリエンス)などに関わっていると説明されています。本総説は、こうした食システムが腸内細菌叢やその安定性にどのように影響しうるかを、ワンヘルスの視点から検討しています。

研究で示された考え方:土から腸への『単純な一本道』ではない

土壌や作物、食品のマイクロバイオーム(微生物叢)に関するこれまでの研究からは、その土地の環境条件や農法の違いが、植物や食用となる組織に検出可能な微生物的な特徴を残しうることが示唆されているといいます。ただし本総説は、『土壌→食品→腸』という流れを単純な一本道の伝達経路として理解すべきではない、と強調しています。微生物やその産物は、植物自体の性質、農業の形態、畜産との接点、収穫、加工、貯蔵、調理、そして人の側の生理機能といった、いくつもの『ふるい』を経て、繰り返し選別されていくと説明されています。

さらにこの総説は、こうした土から腸への連続性がどのように弱まったり、方向を変えたりしうるかについても考察しています。具体的には、農業の集約化、汚染物質、収穫後の加工処理、抗菌剤の使用、超加工食品、複数の添加物の組み合わせ、低食物繊維の食事、乳幼児期の微生物環境の乱れ、そして自然環境の生物多様性との接触の減少といった要因が、食システムのさまざまな段階で微生物群集を変化させうる、と論じられています。また、薬剤耐性(抗菌薬が効きにくくなる性質)についても、人・動物・食品・環境の間を行き来しうる『微生物の機能的な特性』の一つとして取り上げられています。

この総説の位置づけと読むうえでの注意

この論文は総説(レビュー)であり、新たな実験や調査を行ったものではなく、これまでの研究知見を整理・考察したものです。そのため、特定の食品や農法が腸内細菌叢に良い・悪いと断定するものではありません。著者らは、ワンヘルスの考え方に基づく食システムへのアプローチとして、食品の安全管理(有害な微生物のリスクを抑えること)と、微生物の多様性・機能を守る『スチュワードシップ(保全的な管理)』を組み合わせる必要があると述べています。目的は微生物への曝露をやみくもに増やすことではなく、『どの微生物の働きが重要なのか』を理解し、食システムが人・食品・環境をまたいで腸内細菌叢の安定性を支えられるようにすることだ、とまとめられています。

まとめ

今回紹介した総説は、土壌から食卓、そして腸内細菌叢に至るまでの『微生物のつながり』を、ワンヘルスという広い視点から整理したものです。食べ物と微生物の関係は単純な一本道ではなく、農法や加工、生活様式など多くの要因によって形づくられている、という捉え方が示されています。断定的な結論というよりも、今後この分野をどう考えていくべきかという枠組みを提示する内容であり、一つの総説としての知見である点には留意が必要です。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:食システムから腸内細菌叢へ:食事基質、微生物曝露とワンヘルス(マイクロオーガニズムズ・2026年07月)