世界の多くの地域で主食となっているコメですが、精米には鉄分や亜鉛といった微量栄養素があまり多く含まれていないことが知られています。鉄や亜鉛の不足は、コメを主食とする地域で栄養面の課題として指摘されており、品種改良によってコメ自体に含まれる鉄・亜鉛の量を高める『バイオフォーティフィケーション(生物学的栄養強化)』という考え方が注目されています。今回紹介する研究では、在来種と現代品種を含む80種類のイネの系統を対象に、有機栽培と無機(慣行)栽培という異なる生産システムのもとで、子実(コメ粒)に含まれる鉄・亜鉛濃度がどのように変化するのか、また高濃度の系統を選抜するための遺伝的な手がかりが調べられました。
研究でわかったこと
研究チームは、80系統のイネについて、有機栽培・無機栽培それぞれの条件下で子実の鉄・亜鉛濃度を測定し、系統間の違いや栽培環境による影響を評価しました。その結果、鉄・亜鉛の濃度には系統間で大きな違いがあり、栽培環境との組み合わせによっても変動が見られました。特に鉄は亜鉛よりも栽培環境の影響を受けやすい傾向が示されたとされています。また、遺伝的な変動はある程度見られ、遺伝率(形質が遺伝によってどの程度説明されるかを示す指標)も高かったことから、選抜による品種改良の余地が大きいことが示唆されています。
興味深い点として、有色米(色のついたコメ)の系統は、白米の系統と比べて一貫して鉄・亜鉛濃度が高い傾向が確認されました。さらに、BLUPという統計手法によるランキングと、有機・無機両栽培システムでの平均的な成績を組み合わせた結果、Kamban samba、Garudan samba、Basmati、Annam alagi、Valan samba、Sempalaiといった系統が、鉄・亜鉛濃度を高めるための『優良ドナー(親系統)』として特定されました。
また、収量など主要な農業形質と子実中の鉄・亜鉛濃度との関連を調べた相関分析では、両者の関連は弱く統計的にも有意ではなかったと報告されています。これは、栄養価を高めても収量を犠牲にせずに済む可能性を示唆するものとされています。さらに、鉄・亜鉛に関連するとされる32種類のSSRマーカーと5種類の遺伝子特異的マーカーを用いた分子レベルの解析では、対立遺伝子の多様性は中程度であり、集団構造の偏りは弱いことが示されました。単一マーカー解析では、栽培環境によらず安定して見られる関連と、特定の栽培システムでのみ見られる関連を含め、15件の有意なマーカー・形質関連が特定されています。中でもOsYSL2bやOsNRAMP7という遺伝子特異的マーカーは、特に有機栽培システムのもとで有意な関連を示したとされています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、80系統のイネを対象とした一つの研究であり、ここで得られた結果がすべてのイネ品種や栽培条件に当てはまるとは限りません。また、この研究は品種改良のための遺伝資源やマーカーを特定することを目的としたものであり、実際にコメを食べることで鉄・亜鉛の栄養状態が改善される、といった健康効果を直接検証したものではない点に注意が必要です。あくまで育種・農学分野における基礎的な知見として位置づけられるものです。
まとめ
今回紹介した研究では、有機・無機栽培という異なる条件のもとで、80系統のイネにおける子実の鉄・亜鉛濃度の違いや、それに関わる遺伝的な手がかりが調べられました。有色米の系統で鉄・亜鉛濃度が高い傾向や、収量とのトレードオフが小さい可能性、さらに栄養強化育種に活用できる優良ドナー品種や分子マーカーが特定されたことが報告されています。今後、持続可能な生産システムのもとで栄養価の高いイネ品種を開発していくための基礎的な枠組みを提供するものといえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:有機・無機栽培システムにおけるイネの子実鉄・亜鉛バイオフォーティフィケーションのための優良ドナー品種と安定したマーカー・形質関連(フロンティアーズ・イン・プラント・サイエンス・2026年07月)