日本食品標準成分表(八訂)のデータを見ると、乳酸を最も多く含む食品は牛の干し肉=ビーフジャーキーです。乳酸といえば発酵食品に多いイメージがありますが、データのトップに立つのは発酵とは無縁の干し肉——その答えが、乳酸という物質の本質を教えてくれます。
乳酸は、体の細胞がエネルギーを作るときに生まれる中間代謝物です。筋肉が激しく動くと酸素が不足し、エネルギーを作る過程で乳酸が生じます。生じた乳酸は肝臓に運ばれてから再びグルコースやグリコーゲンに作り直されます。なお、乳酸には日本人の食事摂取基準で推奨量や目安量といった定量的な基準は設定されていません。食品から摂ることそのものが目標として定められた栄養素ではなく、体内の代謝と深く結びついた成分です。
1位はビーフジャーキー——発酵ではなく「筋肉の記憶」
100gあたりの乳酸含有量トップは、ビーフジャーキーの1.6gです。
なぜ牛肉に乳酸があるのでしょうか。筋肉が激しく動くとき、あるいは屠畜後に筋肉内でエネルギー代謝が続くとき、酸素が不足した状態で乳酸が生じます。ビーフジャーキーはその牛肉を乾燥・凝縮したもの。水分が飛ぶほど成分の濃度は上がります。乳酸はもともと筋肉の中にあった——それを乾燥がぎゅっと濃縮した結果です。
なお、乳酸の値は有機酸の合計値(1.6g)と一致しており、ビーフジャーキーの有機酸はほぼ乳酸で占められています。少量でつまめる食品ですが、乳酸という切り口では存在感が際立ちます。
2位は乳酸菌飲料——「発酵由来」の代表格
100gあたり乳酸1.2gを含む乳酸菌飲料(殺菌タイプ)は、乳酸菌が糖類を発酵させて乳酸を生成したもの。発酵食品に乳酸が多いのはまさにこのためで、乳酸菌は菌の種類によって発酵する素材や生成量が異なります。ただし市販品の一般的な摂取単位は1本65ml(約65g)程度。この量では乳酸は約0.78gほどです。一方、ビーフジャーキーの一食量の目安は約20〜30g程度で、この場合の乳酸量は約0.32〜0.48gになります。「一食量」で比べると、乳酸菌飲料(殺菌タイプ)1本分はビーフジャーキー一食量を上回ります。
3位タイの3品——発酵と熟成が乳酸を育てる
100gあたり1.1gで並ぶのが、生ハム(促成タイプ)、プロセスチーズ、チェダーチーズの3品です。
促成タイプの生ハムは加熱せず塩漬けと乾燥で仕上げる豚肉の加工品です。含まれる乳酸は主に豚の筋肉内で行われた解糖系代謝に由来しており、熟成期間が短い促成タイプでは乳酸菌による発酵の寄与は限定的とされています。ビーフジャーキーと同じく、筋肉内で生じた乳酸が乾燥・熟成によって凝縮される仕組みです。1枚あたり約7gと薄いため、一枚に含まれる乳酸は0.1g以下とごくわずかですが、数値の密度としては上位に入ります。
なお、生ハムは非加熱の食肉加工品であり、妊婦・高齢者・免疫機能が低下している方はリステリア菌感染リスクがあるため摂取を控えてください。
プロセスチーズはナチュラルチーズを加熱・乳化した加工品で、乳酸菌による発酵が乳酸の出発点です。加熱処理が施されているため、後述のナチュラルチーズとは食品安全上の性質が異なります。牛乳を濃縮したチーズはカルシウムが豊富で、プロセスチーズは100gあたり630mgを含みます。スライス1枚(約19g)やスティック1本(約12g)といった普段使いのサイズに換算すると、乳酸はそれぞれ約0.2gほどです。
チェダーチーズは熟成型のナチュラルチーズで、発酵・熟成の工程で乳酸が生まれます。1切れ約25gが目安量で、この量に含まれる乳酸は約0.28g。チーズ類の中ではプロセスチーズと同じ水準に並びます。
なお、チェダーチーズはナチュラルチーズであり、非加熱のものはリステリア菌が増殖するリスクがあるため、妊婦・高齢者・免疫機能が低下している方は摂取を控えてください。加熱処理済みのプロセスチーズとは食品安全上の性質が異なります。
「筋肉由来」と「発酵由来」——二つの源が並ぶ上位5品
上位5品を並べると、乳酸の出所が二系統に分かれることがわかります。ビーフジャーキーと生ハムは筋肉の代謝が由来、乳酸菌飲料・プロセスチーズ・チェダーチーズは乳酸菌の発酵が由来です。「乳酸=発酵食品」というイメージは間違いではありませんが、トップの数値を刻んでいるのは発酵とは無縁の干し肉でした。
かつては「乳酸が体内に蓄積すると筋肉が動きにくくなり疲労を引き起こす」と考えられていましたが、現在の運動生理学・スポーツ科学の知見ではこの説は支持されておらず(Gladden LB, 2004)、乳酸は疲労の原因というより筋肉が活発に働いた結果として生じる代謝産物とみなされています。食品に含まれる乳酸そのものが疲労を引き起こすわけではありませんが、私たちが「懸命に動いた」と感じる瞬間に体の中で起きていることと同じ仕組みが、ビーフジャーキーの数値に刻まれています。食卓の上のこの数値が、体内の代謝と静かにつながっているのです。
乳酸を含む食品を選ぶ際は、発酵食品という枠にとらわれず、チーズや生ハムのような熟成・乾燥加工品にも由来と味わいの違いがあり、組み合わせの幅が広がります。ただし、生ハムやナチュラルチーズ(チェダーチーズ等)については、妊婦・高齢者・免疫機能が低下している方はリステリア菌感染リスクがあるため、摂取の際はご注意ください。
参考:文部科学省 日本食品標準成分表2020年版(八訂)/Gladden LB. "Lactate metabolism: a new paradigm for the third millennium." Journal of Physiology, 558(1): 5–30, 2004.(運動生理学における乳酸代謝・疲労原因説の見直しに関する査読論文)/食品安全委員会 評価書(乳酸、添加物としての安全性評価)
※本記事は日本食品標準成分表(八訂)および日本人の食事摂取基準(2025年版)のデータ等をもとに作成しました。