「よく噛んでゆっくり食べると体にいい」という話を耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。実際、食べる速さや噛む回数が、食後の血糖値やインスリンの働きにどう関わるのかは、栄養学の分野で関心を集めてきたテーマです。今回紹介するのは、健康な成人を対象に、ふだんの食べ方の個人差(摂食速度や咀嚼の仕方)が、食後の血糖・インスリン・グルカゴンの応答にどう関係しているかを詳しく調べた研究です。
どんな研究が行われたのか
この研究では、参加者に炭水化物量を揃えた混合食(複数の食品を組み合わせた食事)を食べてもらい、その様子をビデオで記録して、食べる速さ(摂食速度)や口の中での食品の処理の仕方を評価しました。さらに、飲み込む直前の食べ物(ボーラスと呼ばれる、噛み砕かれ唾液と混ざった状態の食塊)を採取し、唾液の取り込み具合や粒子の細かさなども調べています。そのうえで、食事の前後3時間にわたって採血を行い、血糖値と、インスリン・グルカゴン・Cペプチド(インスリン分泌の指標となる物質)の濃度を測定しました。参加者は、実際の食べる速さをもとに「ゆっくり食べる群」と「速く食べる群」に分けられています。
わかったこと
ゆっくり食べる群(17人)は、速く食べる群(16人)に比べて食事にかかる時間が53%長く、1gあたりの咀嚼回数は1.4倍、口の中に食べ物がとどまる時間(口腔内滞留時間)は91.2%長いという結果でした。
興味深いのは血糖値への影響です。食後の血糖値の全体的な上昇度合い(iAUCという指標)については、ゆっくり食べる群と速く食べる群のあいだで統計的に明確な差は見られませんでした。食後早い時間帯(0〜30分)や全体(0〜180分)の血糖値の指標はゆっくり食べる群でやや高い傾向(それぞれ20.21%、55.27%)が見られたものの、統計的に有意な差とまでは言えなかったとされています。
一方で、インスリンとCペプチドの食後応答については、ゆっくり食べる群のほうが統計的に有意に高いという結果が得られました。さらに、口の中に食べ物がとどまる時間が長いほど、また一口あたりの咀嚼回数が多いほど、インスリンの総応答が高くなる傾向にある関連(相関係数はそれぞれ0.41、0.44)も示されています。なお、噛み方や飲み込む食塊の性質そのものに群間の違いはあったものの、それらと血糖・インスリンの応答との間に明確な関連は見出せなかったとされています。
これらの結果から、研究チームは「ゆっくり食べることによる咀嚼の増加と口腔内での食品の滞留時間の延長が、食後のインスリン分泌を刺激し、血糖の恒常性の調節に関与している可能性がある」と考察しています。
この研究を読むうえで知っておきたいこと
この研究は、健康な成人を対象に、自然な食べ方の個人差に注目して行われた一つの研究であり、これだけで「ゆっくり食べれば血糖コントロールが改善する」といった結論が確定したわけではありません。血糖値そのものについては群間で明確な差が示されなかった点も踏まえ、今後さらに研究が積み重ねられることで、咀嚼や食べる速さと代謝の関係についての理解が深まっていくことが期待されます。
まとめ
この研究では、ゆっくり食べる人は速く食べる人に比べて咀嚼回数や口腔内滞留時間が長く、食後の血糖値そのものには明確な差が見られなかった一方で、インスリンやCペプチドの応答は有意に高いことが示されました。噛むことや口の中での食べ物の滞留時間が、インスリン分泌に何らかの形で関わっている可能性を示唆する結果ですが、これは一つの研究から得られた知見であり、今後の研究の積み重ねが待たれます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:健康な成人における摂食速度とボーラス特性の自然な変動が食後血糖・インスリン応答に及ぼす影響(ヨーロピアン・ジャーナル・オブ・ニュートリション・2026年07月)