中国の黒茶の一種である茯磚茶(ふせんちゃ)には、茶葉の表面に「金花(きんか)」と呼ばれる黄色い粒状の構造が見られることがあります。これはAspergillus cristatusというカビの一種が作る「閉子器(へいしき)」という生殖構造で、この金花の存在が茯磚茶の品質を示す特徴の一つとされてきました。しかし、この閉子器が茶の風味に具体的にどう関わっているのかは、これまで十分に分かっていませんでした。今回紹介する研究は、この金花を作り出す仕組みに注目し、特定の遺伝子と茶の風味成分との関係を探ったものです。

研究でわかったこと

研究チームは、AcGγという遺伝子がAspergillus cristatusの閉子器(金花)形成を制御する中心的な役割を担っているという仮説を立てました。そして、閉子器という生殖構造が物理的・酵素的に存在することが、黒茶の風味に関連する二次代謝物(生物が作り出すさまざまな化学成分)の変化と結びついているのではないかと考えました。

この仮説を検証するため、野生型(通常の)Aspergillus cristatusに加え、AcGγ遺伝子を欠損させた株(ΔAcGγ)と、逆にこの遺伝子を過剰に働かせた株(OE::AcGγ)を作製し、条件を制御した固体発酵のモデル実験で比較しました。あわせて、LC-QTOF-MSという分析手法を用いて、対象を絞らない網羅的な代謝物解析(メタボロミクス)が行われました。

表現型の観察からは、AcGγ遺伝子が閉子器と子嚢胞子の形成に厳密に必要であることが確認されました。この遺伝子は、コロニー(菌の集落)の形や成長の速さにも関わっていることが示されました。

代謝物の解析では、ΔAcGγ株で閉子器が形成されなかった結果、菌糸自体の代謝物プロファイルが大きく変化することが分かりました。特に、有機酸、含窒素複素環化合物(オルガノヘテロサイクリック化合物)、ベンゼン系化合物などの量の傾向に変化が見られたと報告されています。

さらに、実際に茶葉を発酵させたサンプルでも、AcGγ遺伝子が関わる閉子器の形成が、風味に関与すると考えられる主要な成分の生化学的な変換と強く関連していることが示されました。具体的には、甘味・苦味・うま味・香りに関わるとされるアミノ酸、フラボノイド、脂質様分子などのプロファイルが大きく変動したとされています。これらの結果は、AcGγ遺伝子がカビの有性生殖(閉子器の形成)と風味に関連する代謝の変化とを結びつける遺伝的なつながりを持つ可能性を支持するものだと、研究チームは述べています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、Aspergillus cristatusというカビの遺伝子操作株を用いた実験室内でのモデル発酵実験と、網羅的な代謝物解析にもとづくものです。研究チーム自身も、この成果を黒茶発酵における今後の菌株改良や品質調整のための「予備的な」理論的基盤と位置づけています。つまり、AcGγ遺伝子と風味成分の関連が示されたことは興味深い知見ですが、これによって黒茶の味や香りが具体的にどう変わるか、あるいは健康への影響があるかどうかについて、この論文単独から断定的な結論を導くことはできません。一つの基礎研究であり、今後さらなる検証が積み重ねられていく性質のものと理解するのがよいでしょう。

まとめ

この研究では、黒茶の品質指標とされる「金花」を作るカビの遺伝子AcGγが、閉子器や子嚢胞子の形成に必須であることが確認されました。また、この遺伝子の働きの有無によって、菌自体や発酵させた茶葉の代謝物プロファイル、特に風味に関連するとされる成分群が大きく変化することが示されました。金花という見た目の特徴が、実際に茶の風味を生み出す代謝の仕組みとどうつながっているのかを遺伝子レベルで探る、基礎的な一歩を示した研究といえそうです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:AcGγ遺伝子は黒茶における閉子器形成と風味代謝を制御する(フード・ケミストリー:モレキュラー・サイエンシズ・2026年12月掲載予定)