冷戦時代、核実験が繰り返された土地では、今もその名残が土壌や環境に残っていることがあります。カザフスタン北東部にあった「セミパラチンスク核実験場」もその一つです。この実験場に隣接するアバイ地域で作られている牛肉や馬肉、羊肉、鶏肉、牛乳といった畜産食品は、今どのくらい安全なのでしょうか。今回紹介する研究は、この地域の畜産物について、重金属と放射性物質の両面からリスクを調べたものです。
研究チームは、技術的・放射線的な影響の度合いが異なるとされるアバイ、アヤグズ、アクスアトの3地区から、牛肉・馬肉・羊肉・鶏肉・牛乳(全脂)の合計450検体を集めました。これらの検体について、鉛・カドミウム・銅・亜鉛の濃度を電気化学的な手法(アノーディック・ストリッピング・ボルタンメトリー)で測定するとともに、放射性セシウム(137Cs)と放射性ストロンチウム(90Sr)の放射能量を、ガンマ線分光法と放射化学的なベータ計数法によって測定しました。
研究でわかったこと
得られたデータをもとに、研究チームは非発がん性の健康リスクを示す指標(ターゲット・ハザード・クオーシェントおよびハザード・インデックス)と、放射線に関するリスク指標(年間実効線量および過剰生涯発がんリスク)を算出しました。
その結果、3地区の間には明確な違いが見られ、汚染物質の負荷は総じてアバイ地区で最も高く、アクスアト地区で最も低い傾向が確認されました。特に注目すべき点として、牛乳(全脂)に含まれる鉛濃度が、3地区すべてで規制上の基準値を超えていたことが挙げられており、これがこの研究における最も重要な食品安全上の知見とされています。それ以外の物質については、おおむね許容される範囲内にとどまっていました。
一方で、牛乳の鉛濃度の基準超過が見られたにもかかわらず、想定された摂取シナリオのもとで算出された非発がん性リスクおよび放射線リスクの指標は、いずれも国際的に受け入れられている閾値を下回っていました。これらの結果から、研究チームは、成人がこれらの畜産食品を摂取した場合の全体的な健康リスクは低いと結論づけています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、旧核実験場という歴史的背景を持つ特定の地域を対象にした調査であり、リスク評価は成人を対象とした特定の摂取シナリオに基づくものです。牛乳の鉛濃度の基準超過という結果が示された一方で、全体としてのリスク指標は低いとされており、研究チームはこうした結果を踏まえて、こうした歴史的に影響を受けた地域では、地区ごと・製品ごとにきめ細かく分けた、ワンヘルス(人・動物・環境の健康を一体的に捉える考え方)の枠組みに基づく獣医衛生モニタリングの必要性を指摘しています。この記事で紹介したのは一つの研究であり、結論が確定したものではない点にも留意してください。
まとめ
カザフスタンの旧セミパラチンスク核実験場に隣接するアバイ地域で行われたこの研究では、畜産食品450検体を対象に重金属と放射性物質を調べた結果、牛乳の鉛濃度が3地区すべてで基準値を超えていた一方、非発がん性リスクおよび放射線リスクの指標は国際基準を下回り、全体的な健康リスクは低いと報告されました。あわせて、こうした地域では地区や製品ごとに応じたきめ細かい監視の重要性が示唆されています。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:カザフスタン旧セミパラチンスク核実験場に隣接するアバイ地域の家畜製品に関する化学・放射線リスクの統合評価(フロンティアーズ・イン・ベテリナリー・サイエンス・2026年07月)