貧血の中でも特に多いとされるのが「鉄欠乏性貧血」です。鉄はヘモグロビンの材料となるだけでなく、免疫system機能にも関わる重要な微量元素とされています。鉄不足を補う方法としては硫酸第一鉄などの鉄サプリメントが広く使われてきましたが、近年は食品由来のペプチド(タンパク質が分解されてできる小さな断片)に鉄イオンを結合させた「ペプチド-鉄複合体」が新たな選択肢として研究されるようになっています。今回紹介する論文は、ムール貝の一種であるムラサキイガイ(Mytilus edulis)由来のタンパク質加水分解物と鉄を組み合わせた複合体について調べたものです。
ムラサキイガイ由来ペプチドと鉄を結合させる
研究チームは、ムラサキイガイから得られたタンパク質加水分解物(論文中ではMEPHと呼ばれています)と硫酸鉄(Ⅱ)七水和物を反応させ、「MEPH-鉄複合体」を調製しました。要旨によると、濃度4.5 mg/mL、温度45℃、反応時間60分という条件で複合体形成に成功し、ペプチド中のカルボキシル基とアミノ基という部位が鉄との結合に関わっていたことが示されています。
複合体ができているかどうかは、蛍光の変化(クエンチング)、紫外線吸収スペクトルの変化、X線回折のピーク強度の低下、粒子サイズの増大、ゼータ電位の絶対値の低下といった、さまざまな分析手法によって確認されました。また、MEPH単独と比べて、複合体は人工的な消化液の中でも構造が安定しやすい傾向や、微細構造の変化も見られたと報告されています。
鉄欠乏性貧血マウスでの検証
次に研究チームは、鉄不足によって鉄欠乏性貧血(IDA)を起こさせたマウスに、このMEPH-鉄複合体を与える実験を行いました。その結果、体重、血液に関する各種指標、臓器の重さの比率(臓器係数)、臓器中の鉄含量、そして体内の酸化ストレスに対する防御力(抗酸化能)が、いずれも正常な水準に近づいたと報告されています。
さらに、鉄欠乏性貧血によって引き起こされていた大腸の炎症についても、炎症に関わる物質であるTNF-α(腫瘍壊死因子アルファ)とIL-10(インターロイキン10)の値が正常化する方向に働いたことが示されています。論文では、このMEPH-鉄複合体は、従来から使われている硫酸第一鉄と比較して、より良い効果を示したとまとめられています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
今回の結果は、鉄欠乏性貧血モデルマウスという動物実験の枠組みで得られたものです。要旨の範囲では、ヒトを対象とした検証について触れられていないため、人での効果がそのまま当てはまるかどうかは、この論文だけからは判断できません。あくまで一つの基礎研究の成果であり、MEPH-鉄複合体が鉄サプリメントとして実際に活用できるかどうかは、今後さらなる研究の積み重ねが必要になると考えられます。
まとめ
この研究では、ムラサキイガイ由来のタンパク質加水分解物と鉄を組み合わせた複合体が調製され、その物理化学的な性質と、鉄欠乏性貧血モデルマウスに対する効果が調べられました。結果として、この複合体はマウスの血液指標や臓器中の鉄含量、抗酸化能を正常化し、大腸の炎症に関わる指標も改善する方向に働いたことが示唆されています。食品由来のペプチドを活用した新しいタイプの鉄補給素材の可能性を探る、興味深い基礎研究の一例だと言えるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:ムラサキイガイ由来タンパク質加水分解物-鉄複合体の調製と鉄欠乏性貧血マウスへの改善効果(フード・サイエンス・アンド・ヒューマン・ウェルネス・2026年04月)