抗菌薬(いわゆる抗生物質)が効かなくなる「薬剤耐性(AMR)」は、世界的に懸念が高まっている健康課題です。とくにサハラ以南アフリカ(SSA)ではその影響が大きいとされ、2021年には同地域でAMRに関連する死亡が約92万3000人、AMRが直接の原因と考えられる死亡が約20万9000人にのぼったと報告されています。背景には、抗菌薬の不適切な使用に加え、水・衛生・手洗いといった基盤の脆弱さ、感染予防対策の不十分さ、診断体制の限界、医療システム全体のもろさなど、複数の要因が絡み合っているとされます。
こうした中で、これまであまり注目されてこなかった切り口として「栄養」があります。今回紹介する論文は、栄養状態を改善することがAMR対策の一助になりうるのではないか、という視点から既存の研究を整理した「パースペクティブ(見解)論文」です。栄養と聞くと地味に感じるかもしれませんが、実は感染症のなりやすさや、抗菌薬がどれだけ使われるかにまで関わってくるという指摘は、意外性があり興味深いテーマです。
研究でわかったこと
著者らは、PubMedやMedline、Google Scholar、DOAJ、Semantic Scholar、African Journals Onlineといった複数の文献データベースを対象に、「栄養」「栄養不良」「薬剤耐性」などのキーワードを組み合わせて文献を検索し、サハラ以南アフリカにおける栄養不良とAMRの関連を扱った原著論文やレビューを収集・整理しました。
整理された知見によれば、栄養不良は免疫機能を低下させ、腸のバリア機能を乱し、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)のバランスを崩すことで、感染症や多剤耐性菌による定着(コロニー形成)への感受性を高める可能性があるとされています。実際、栄養不良の子どもには日常的に抗菌薬が処方される傾向があり、これがさらなる薬剤耐性の広がりにつながっている可能性が指摘されています。
一方で、食物繊維や微量栄養素、発酵食品を豊富に含む食事――アフリカの伝統的な食事に多く見られる特徴とされます――は、健康的な腸内細菌叢を支え、望ましくない菌の定着に対する「コロニー形成抵抗性」を高め、薬剤耐性遺伝子を持つ菌の保有を減らす可能性があると論じられています。また、亜鉛、鉄、ビタミンA、ビタミンDといった微量栄養素は、免疫機能やバリア機能の維持に重要な役割を果たすとされています。
これらを踏まえ、著者らは栄養を通じてAMRを軽減しうる方向性として、(1)地域で入手しやすい栄養価の高い食品や発酵食品の普及による免疫・腸内環境の強化、(2)食品の栄養強化(フォーティフィケーション)や食事の多様化、食品安全の推進による感染負荷の軽減、(3)栄養不良の子どもなど高リスク層に向けた栄養関連の介入策の拡充、(4)行動変容を促すコミュニケーションの強化、といった取り組みが有効である可能性を挙げています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この論文は、新たな実験や臨床試験を行ったものではなく、既存の文献を集めて論じた「パースペクティブ」であるという点に注意が必要です。栄養不良とAMRの関連性や、伝統的な食事が持ちうる意義について、既存の知見を整理した考察であり、栄養改善によってAMRが実際にどの程度減少するかを直接検証したものではありません。一つの視点を提示する論文であり、これをもって結論が確定したわけではない点は踏まえておきたいところです。
まとめ
この論文では、サハラ以南アフリカにおける薬剤耐性という深刻な課題に対して、栄養状態の改善が感染リスクや不必要な抗菌薬使用を減らす一助となりうると示唆されています。食物繊維や微量栄養素、発酵食品を含む伝統的な食事のあり方が腸内環境や免疫に関わる可能性が論じられており、著者らは、政策立案者や関係機関が栄養をAMR対策に組み込んだ多分野にわたる取り組みを進めることを提案しています。今後、こうした視点がどのように検証されていくか、注目したいテーマです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:「食は薬なり」:薬剤耐性対策における栄養最適化(ワールド・ニュートリション)