多発性硬化症(MS)は、脳や脊髄などの神経を包む組織が自分の免疫システムによって攻撃されてしまう慢性の炎症性疾患です。発症には遺伝的な要因だけでなく、食生活や生活習慣といった環境要因も関わっているのではないかと以前から議論されてきました。特に魚や乳製品などの食習慣、女性の生殖に関する経験、そして身体活動量がMSとどう関係しているのかは、多くの研究者の関心を集めているテーマです。今回紹介するのは、そうした疑問にイランの一地域で挑んだ研究です。
この研究は、イラン・ケルマンシャー州でMS患者300名と、年齢などを合わせた健常な対照者300名、合計600名を対象に行われた症例対照研究です。参加者には、MSの環境要因や生活習慣に関するリスクを調べるために開発された質問票(EnvIMS-Q)のペルシャ語版を用いて、食事内容やサプリメント摂取、生殖に関する経験、身体活動量などについて回答してもらいました。得られたデータは、他の要因の影響を調整したうえでロジスティック回帰分析という統計手法により、MSとの関連の強さ(オッズ比)が算出されています。
研究でわかったこと
結果を見ると、対照群と比べてMS患者では、魚(調整オッズ比0.31)、魚介類全般(同0.31)、ナッツ類(同0.60)、乳製品といった食品の摂取が少ないと報告されていました。また、魚油サプリメントの利用についても、MS患者のほうが少ない傾向が示されました(調整オッズ比0.28)。一方で、ビタミンDのサプリメント摂取については、両群のあいだで統計的に意味のある差は見られなかったとされています。
身体活動については、「激しい運動」を行う頻度がMS患者で有意に低いことが示されましたが、「軽い運動」については両群で差が見られなかったと報告されています。さらに女性の参加者に注目すると、MS患者では経口避妊薬の使用、流産の経験、生殖補助医療(不妊治療など)を受けた経験が、対照群より多い傾向が見られたとされています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の食品やサプリメントがMSを予防する、あるいはMSの原因になると証明したものではありません。あくまで「MSのある人とない人を比較した時点で、どのような食習慣や生活習慣の違いが見られたか」を調べた症例対照研究であり、食習慣や運動量の低下が先にあってMSを引き起こしたのか、それともMSになったことで食生活や運動習慣が変化したのか、という前後関係(因果関係)はこの研究だけでは判断できません。論文の著者らも、時間的な前後関係や因果関係を明らかにするには、今後の前向き研究が必要だと述べています。
また、この研究の対象はイラン・ケルマンシャー州という特定の地域の600名に限られており、得られた関連が他の地域や集団でも同じように見られるかどうかは、この論文の要旨からは分かりません。一つの研究の結果として受け止め、結論が確定したものと考えないことが大切です。
まとめ
今回の研究では、魚介類やナッツ類、乳製品、魚油サプリメントの摂取が少ないこと、激しい身体活動が少ないこと、そして経口避妊薬の使用や流産、生殖補助医療の経験といった要因が、MSの罹患と関連していたと報告されています。ただし、これらはあくむで観察された関連であり、特定の食品や運動がMSを防ぐ、あるいは引き起こすと断定するものではありません。今後、より多くの地域や集団を対象にした前向き研究によって、こうした関連の背景にある仕組みが明らかになっていくことが期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:多発性硬化症に関連する生殖・食事・身体活動要因:症例対照研究(ヘルス・サイエンス・レポーツ・2026年07月)