魚介類は栄養価が高く人気の食材ですが、鮮度が落ちやすく、流通・保存の過程で腐敗が進みやすいことが課題とされています。この腐敗に関わる代表的な微生物のひとつが「シューワネラ・プトレファシエンス」という細菌です。水産物の変質を防ぐには、こうした腐敗菌の増殖をいかに抑えるかが重要な戦略の一つとされています。今回紹介する研究は、乳酸菌などが作り出す天然由来の有機酸「フェニル乳酸(PLA)」に着目し、この細菌に対してどのように働きかけるのかを、代謝物の網羅的な解析(メタボロミクス)と機械学習という2つの手法を組み合わせて詳しく調べたものです。

研究でわかったこと

この研究では、まずフェニル乳酸がシューワネラ・プトレファシエンス(SP22株)の増殖を抑えるのに必要な最小濃度(最小発育阻止濃度)が2.0 mg/mLであることが確認されました。さらに詳しく調べたところ、フェニル乳酸は細菌の細胞壁の構造を壊し、細胞膜の透過性や状態を変化させ、さらに細菌が生きていくうえで重要な酵素の働きを妨げることが示されました。

加えて、細菌内の代謝物を網羅的に解析する非標的メタボロミクス分析により、フェニル乳酸で処理した細菌と、処理していない対照群との間で、1,211種類もの代謝物に有意な違いが見つかったと報告されています。これらの違いは主に、エネルギー代謝に関わる「クエン酸回路」、アミノ酸の合成、ヌクレオチド代謝、細胞膜の材料となるグリセロリン脂質代謝、補酵素の生成に関わる代謝経路に関係していたとされています。

さらに、これらの代謝データをもとに4種類の機械学習モデルが構築され、フェニル乳酸の作用を示す重要な指標(バイオマーカー)として、クエン酸、α-ケトグルタル酸、5′-アデニル酸(AMP)などが選び出されました。そして、こうした実験室レベルでの知見にとどまらず、キグチ(大黄魚)、サケ、スズキという実際の海水魚を用いた検証実験でも、フェニル乳酸による抗菌効果と保存効果が確認されたとしています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、フェニル乳酸という天然由来の物質が、水産物の腐敗を防ぐ新たな保存料として応用できる可能性について、その作用の仕組みを科学的に掘り下げたものです。ただし、これは一つの研究であり、結論が確定したわけではありません。ここで示された抗菌・保存効果は特定の菌株や魚種を用いた実験に基づくものであり、人の健康への効果を直接述べたものではない点にも留意が必要です。今後、さらなる研究の積み重ねによって、実用化に向けた知見が深まっていくことが期待されます。

まとめ

本研究では、天然の有機酸であるフェニル乳酸が、水産物の腐敗菌であるシューワネラ・プトレファシエンスの細胞構造や代謝経路に働きかけることで、その増殖を抑える可能性が示唆されました。メタボロミクスと機械学習を組み合わせた解析により、作用に関わる重要な代謝物も特定され、実際の魚を用いた検証でも保存効果が確認されたと報告されています。水産物の保存技術における今後の研究の発展が注目されます。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:メタボロミクスと機械学習によるフェニル乳酸のシューワネラ・プトレファシエンスに対する抗菌メカニズムと海水魚への応用(フロンティアーズ・イン・ニュートリション・2026年06月)