牛肉は屠殺後も時間をかけて『熟成』させることで、やわらかさや風味が増していくことが知られています。この熟成の過程では、筋肉中のタンパク質が分解されて食感が改善する一方で、酸化などの生化学的な変化も同時に進み、肉の品質や安定性に影響を与える可能性があると考えられています。今回紹介する研究では、飼料に抗酸化成分であるセレンとビタミンEを強化して与えることが、こうした熟成中の変化にどのような影響を与えるのかが調べられました。
研究では、体重540±44kgの和牛交雑種の去勢牛20頭が、通常の飼料(対照群)またはセレン・ビタミンEを強化した飼料(Sel-VE群)のいずれかで90日間飼育されました。屠殺後には背最長筋(ロース部分にあたる筋肉)のステーキを採取し、真空パックの状態で7日、14日、30日間熟成させ、肉質や成分の変化が比較されています。
研究でわかったこと
まず、飼料にセレンとビタミンEを強化したSel-VE群では、筋肉中のセレン濃度(0.17 vs 0.08 mg/kg)とα-トコフェロール(ビタミンEの一種、6.62 vs 3.64 mg/kg)の濃度が、対照群と比べて明確に高くなっていました。これは、飼料から補給した抗酸化成分が実際に筋肉組織まで届いていたことを示しています。
それに伴い、Sel-VE群では酸化の指標となるマロンジアルデヒド(脂質が酸化する際に生じる物質)の濃度が低く、また総抗酸化能(酸化に対する抵抗力を示す指標)は高い値を示したと報告されています。これらの結果から、セレン・ビタミンEの強化補給は、少なくともこの研究で測定された酸化安定性に関する指標については、改善と関連していたことが示唆されています。
一方で、肉のやわらかさに関わる剪断力(肉を切るのに必要な力)は、対照群では熟成7日目の4.49kgから30日目には2.42kgへ、Sel-VE群でも4.52kgから2.06kgへと、両群ともに熟成が進むにつれて大きく低下しました。同様に、バイオジェニックアミン(アミノ酸が分解されてできる化合物群で、肉の鮮度や品質評価の指標として使われることがあります)の総量や、その中のジアミン類、バイオジェニックアミン指数も、両群ともに熟成期間が長くなるほど増加する傾向が見られました。つまり、やわらかさの向上や熟成に伴うこうした成分変化を主に左右していたのは、飼料の種類ではなく熟成期間そのものだったとされています。
遊離アミノ酸のプロファイル(各アミノ酸の構成比)についても、両群の間で大きな違いは見られませんでした。唯一、セリンというアミノ酸の濃度がSel-VE群でやや高く、統計的な多重比較の補正を行っても有意差が保たれた(P = 0.003、q = 0.040)とされていますが、それ以外の項目では飼料による差ははっきりしませんでした。さらに、多変量解析(複数の指標を組み合わせて全体の傾向を分析する手法)によっても、バイオジェニックアミンの全体的なパターンを主に決めていたのは飼料の種類ではなく熟成期間であることが確認されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、和牛交雑種の去勢牛20頭という限られた集団を対象に、90日間の飼育と最長30日間の熟成という条件下で行われたものです。セレン・ビタミンEの強化補給が筋肉への抗酸化成分の蓄積や、測定された酸化安定性の指標の改善と関連していたことは示されていますが、やわらかさやバイオジェニックアミンの蓄積といった熟成に伴う変化そのものについては、飼料による影響は限定的であったとまとめられています。一つの研究であり、対象や条件が異なれば異なる結果が得られる可能性もあるため、ここで示された関連が広く一般化できるかどうかは、今後さらなる研究の積み重ねによって確かめられていく必要があると考えられます。
まとめ
この研究では、セレンとビタミンEを強化した飼料で育てた和牛交雑種の牛肉において、筋肉中の抗酸化成分濃度の上昇とともに、酸化安定性に関する指標(マロンジアルデヒド濃度の低下、総抗酸化能の上昇)の改善が認められたと報告されています。一方で、肉のやわらかさの向上やバイオジェニックアミンの蓄積といった熟成に伴う変化は、飼料の違いよりも熟成期間の長さによって主に決まっていたことが示されました。牛肉の品質形成における飼料要因と熟成要因それぞれの役割を考えるうえで、参考になる知見といえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:セレン・ビタミンEの飼料強化補給は和牛交雑種牛肉の酸化安定性指標を改善するが、死後のバイオジェニックアミン蓄積および遊離アミノ酸プロファイルへの影響は限定的である(フロンティアーズ・イン・アニマル・サイエンス・2026年07月)