キムチや味噌のような発酵食品と腸の健康との関係は、これまでも多くの研究者の関心を集めてきました。腸内細菌が作り出す「短鎖脂肪酸(SCFA)」は、大腸の壁を健やかに保ったり、炎症を抑えたりするうえで重要な役割を果たすとされています。そして大腸がんでは、こうしたSCFAの働きやそれを感知する受容体(GPCR)の機能が大きく損なわれることが知られています。今回紹介する研究は、韓国の伝統的な発酵調味料である「コチュジャン」が、この大腸がんに関わる仕組みにどのような影響を与えるのかを、マウスを用いて調べたものです。

研究チームは、AOM/DSSという薬剤を使って大腸がんを誘発するモデルマウスを用意し、そこにコチュジャンを一定量(体重1kgあたり0.6g)経口投与するという実験を行いました。その結果、コチュジャンを投与したマウスでは、腫瘍の数が有意に減少し、大腸の病理所見(組織の状態)も改善したと報告されています。また、全身への毒性を示す兆候は見られなかったとのことです。

腸内細菌の多様性は回復しなかったが、SCFAの「使い方」が変化

興味深いのは、その改善の起こり方です。一般的には「腸内細菌のバランスが崩れているなら、それを回復させることが効果につながる」と考えられがちですが、この研究ではコチュジャンの投与によって、大腸がんに伴う腸内細菌の多様性の乱れが回復したわけではなく、大腸内のSCFAの量が増えたわけでもなかったとされています。

その代わりに見られたのは、大腸の細胞(colonocyte)がエネルギーを作り出す際の遺伝子発現の変化でした。具体的には、SCFAを分解してエネルギーに変える働きに関わる遺伝子(Acss1やCpt2)の発現が上昇する一方、がん細胞でよく活発になることが知られる糖分解(解糖系)に関わる遺伝子(c-MycやHk-2)の発現は低下していたということです。つまり、SCFAの「量」ではなく「使われ方」が変わった可能性が示唆されています。

SCFA受容体(GPCR)の発現増加と、バリア機能・炎症への関与

さらに、SCFAを感知する受容体であるGpr41、Gpr43、Gpr109aという3つの遺伝子の発現が、コチュジャン投与によって著しく上昇したことも報告されています。これに伴って、大腸の細胞同士をしっかりつなぎとめる「タイトジャンクション」に関わる遺伝子の発現が高まり、炎症を促進する遺伝子の発現は低下していたとされています。相関解析では、これらのGPCRの発現と、バリア機能、炎症の程度、そして腫瘍の量との間に関連が見られたということです。

これらの結果から研究チームは、コチュジャンが大腸がんを抑える働きは、腸内細菌の多様性を回復させたりSCFAの産生量を増やしたりすることによってではなく、SCFAの利用のしかたやGPCRの発現を高めることによってもたらされている可能性がある、と考察しています。

この研究を読むうえでの注意点

この研究はマウスを用いた動物実験であり、ヒトでも同様の効果が得られるかどうかは、この要旨の範囲では述べられていません。また、コチュジャンという食品全体を用いた実験であるため、含まれるどの成分がどのように作用しているのかについても、ここでは明らかにされていません。一つの研究の結果であり、これによって結論が確定したわけではない点には留意が必要です。

まとめ

今回紹介した研究では、大腸がんモデルマウスにコチュジャンを投与したところ、腸内細菌の多様性やSCFAの産生量そのものは回復しなかったものの、SCFAの利用に関わる遺伝子発現やGPCRの発現が変化し、腫瘍の減少や大腸の状態改善と関連していたことが報告されました。発酵食品と腸の健康の関係を考えるうえで、「腸内細菌叢を元に戻すこと」だけが唯一の道筋ではないかもしれない、という視点を示す研究として興味深い内容です。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:コチュジャンは微生物多様性の回復が限定的であっても大腸のSCFA利用とGPCR発現を促進することで大腸がんを抑制する(ジャーナル・オブ・ファンクショナル・フーズ・2026年08月掲載予定)