近年、多くの国が自国の食文化をSNSで発信し、観光や国のイメージ向上に役立てる『ガストロディプロマシー(食を通じた文化外交)』に力を入れています。しかし、TikTokのようなショート動画プラットフォームでは、アルゴリズムがどの動画をどれだけ多くの人に届けるかを左右しており、『国が伝えたい食文化のイメージ』と『プラットフォーム上で実際にバズる要素』が必ずしも一致するとは限りません。この点について理論的な検討がこれまであまりなされてこなかったことを踏まえ、タイ料理を題材にした研究が行われました。
研究でわかったこと
この研究では、タイ政府観光広報局(Government Public Relations Department of Thailand)が制作したドキュメンタリー由来の公式TikTokアカウント『Tasteful Thailand』から、87本のショート動画を収集し、質的分析と量的分析を組み合わせて検討しています。
質的な内容分析からは、動画に繰り返し現れる6つのテーマが見いだされました。具体的には、食材を文化的な象徴として描く手法、語りの声(ナレーション)の使い方の戦略、ポップカルチャーとの結びつけ、観光地とのセット紹介、『高級感』と『地元らしさ』の間の緊張関係、そして表象の面での構造的な偏り(描かれていない部分があること)です。
さらにSPSSを用いた量的分析では、いくつかの興味深い傾向が示されました。まず、動画で取り上げられる地域には偏りがあり、南部と中部がそれぞれ27.6%、26.4%と多くを占める一方で、北部タイは6.9%と際立って少ない扱いにとどまっていたとされています。また、多くの動画は原型(オリジナルのドキュメンタリー)をあまり大きく作り替えない『低介入型』の適応戦略を取っていたことも分かりました。
特に注目される結果は、『文化的な描かれ方(フレーミング)』とエンゲージメント(視聴者の反応の多さ)との間には、統計的に有意な関係が見られなかったという点です。一方で、エンゲージメントに関して唯一有意な予測要因となったのは『語りの方法(ナレーション戦略)』でした。具体的には、ナレーションを残した従来型のドキュメンタリー調の動画よりも、映像だけで構成された動画の方が、シェア数・コメント数の両方で有意に高い成果を上げていたと報告されています。
これらの結果を総合すると、国が伝えたい『文化的なメッセージ』と、プラットトフォーム上で自然に広がりやすい『バズる作り方』との間には、構造的なズレがあることが示唆されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、タイ政府観光広報局の公式アカウント1つ、動画87本という限られた対象を分析したものであり、他の国や他のアカウントの食文化発信にそのまま当てはまるとは限りません。あくまで一つの事例研究であり、結論が広く確定したものではない点に留意が必要です。
また、著者らはこの研究の意義として、『再生数やシェア数といったエンゲージメント指標を、視聴者が文化をどう受け止めたかの代わりの指標として単純に扱うことはできない』ことを示した点、そして短編動画プラットフォームで人々の目に触れやすくなる(アルゴリズムに乗りやすくなる)ための、異なる2つの道筋を明らかにした点を挙げています。
まとめ
タイの公式観光PR動画を分析したこの研究は、SNS上での食文化発信において、『何を伝えたいか』と『どう見られやすくなるか』が必ずしも一致しないことを示しています。特に、ナレーションのない映像主体の動画の方が反応を得やすいという結果は、文化を丁寧に説明しようとする姿勢と、プラットフォームで拡散されやすい形式との間にあるジレンマを浮き彫りにしていると言えそうです。食を通じた文化発信のあり方を考えるうえで、示唆に富む一つの研究といえるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:アルゴリズム的味覚:TikTokにおけるタイ料理コンテンツのローカライゼーション、地域的ガストロノミー表象、ソフトパワー(スタディーズ・イン・メディア・アンド・コミュニケーション・2026年07月)