近年、動物を育てずに細胞を培養して食用の肉やシーフードをつくる「細胞農業(培養肉・培養シーフード)」の研究が世界的に進んでいます。細胞を育てるためには、栄養や成長因子を含んだ「培地」という培養液が欠かせません。しかし、この培地は高価で、しかも動物由来の血清などを使うと持続可能性の面でも課題が残ります。今回紹介する論文は、こうした培地をいかに安く、そして持続可能な形でつくるかについて、これまでの研究を幅広く見渡したレビュー(総説)論文です。
培地開発は種や製品によってアプローチが異なる
この論文によれば、培養肉・培養シーフードの培地に関する研究はこの10年余りで大きく進み、動物血清を使わない「無血清」あるいは化学的に組成が明確な「化学的規定培地」が、一部の種についてはすでに高効率な形で確立されているとのことです。一方で、まだ解決されていない課題も明らかになっており、特に魚介類などの水産系の細胞株では課題が大きいと報告されています。また、対象となる製品や細胞の種類によって、効率的で持続可能、かつ低価格な培地を開発するためのアプローチは大きく異なるとされています。
コストと持続可能性を左右する4つの要素を整理
この論文では、培養肉生産のためにこれまで発表されてきた無血清培地の配合について、次の4つの要素の利点と限界を評価しています。
- 加水分解物(タンパク質を分解した成分)の利用
- 成長因子の変異体の利用
- 成長因子の代替物の利用
- 培地を安定させるための安定剤の利用
あわせて、培養シーフード向けに適した培地を開発するための現在進行中の研究についても取り上げられています。さらに、培地コストの削減や持続可能性の向上を目指す各種戦略について、それらが食品として利用するうえで適合しているかどうかの評価も含めて、批判的に分析されています。
今後さらに研究が必要とされるテーマ
論文では、今後さらに掘り下げる必要があるテーマとして、以下のような点がまとめられています。
- 種特異的な成長因子の特定(特に水産系の種において)
- 加水分解物を基礎培地の代替として使えるかどうかの検討
- 使用済み培地をリサイクルする戦略
- 人工知能(AI)や機械学習(ML)技術をこれらの領域に応用できる可能性
また、今後生じうる規制上の課題や、それが培地配合の開発に与える影響についても考察されているとのことです。そのうえで、今後の戦略的・実務的な改善を導くための「培地配合の性能指標(キー・パフォーマンス・インジケーター)」を提案し、経済的かつ持続可能な生産プロセスの実現を目指す方向性を示しています。
この記事を読むうえでの注意点
この論文はレビュー(総説)論文であり、新しい実験データを報告するものではなく、これまでの研究成果を整理・分析したものです。そのため、特定の培地配合や手法が「最も優れている」と結論づけるものではなく、種や製品ごとに最適なアプローチが異なることや、多くの課題が未解決であることが強調されています。培養肉・培養シーフードの実用化や食品としての安全性・普及については、この論文だけで判断できるものではなく、今後の研究の積み重ねが必要とされる分野である点にご留意ください。
まとめ
この論文は、培養肉・培養シーフードを支える「培地」というあまり注目されにくい要素について、コストと持続可能性の両面から研究の現状を整理したものです。無血清培地の開発は一部の種で進展している一方、水産系の細胞株など未解決の課題も多く残されており、加水分解物やAI・機械学習の活用など今後の方向性が示されています。細胞農業がどのように「もっと安く、もっと持続可能に」なっていくのか、その舞台裏を知る手がかりとなる研究といえそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:陸上および水産細胞農業のための費用対効果が高く持続可能な培地配合に向けて(フーズ・2026年07月)