ヨーグルトや乳飲料として親しまれているケフィアが、パンの発酵に使われるとしたら——そんな「乳の発酵文化と穀物の発酵文化の出会い」を検証した研究が、2026年6月にヨーロピアン・フード・リサーチ・アンド・テクノロジー誌に発表されました。乳を発酵させるために育てられてきた微生物が、小麦やライ麦の生地の中でどう変化し、何を変えるのか。その8時間の記録を追っていきます。

「乳のパン種」で何が起きたか

この研究では、ケフィアグレイン(ケフィアを作るための粒状の微生物の集まり)から得たミルクケフィア培養液を使い、小麦粉とライ麦粉を混ぜた生地を8時間かけて発酵させ、微生物・物理化学・たんぱく質の変化を継続的に観察しました。

発酵が進むにつれ、生地の酸度は大きく変化しました。発酵終了時のpHは4.56。これはレモン果汁ほどではないものの、ヨーグルトに近い酸性域です。滴定酸度(生地の酸っぱさを数値で測る指標)も、発酵の前後で約2.4倍に高まったと報告されています。生地が「酸っぱく」なる過程では、乳酸と酢酸の含有量もともに増加したとされています。

微生物の面では、乳酸菌と酵母がともに約8 log CFU/g(1グラム中に1億個規模)まで増加したことが確認されています。また、ケフィアグレインに含まれていた酵母として、Saccharomyces属(パン酵母の仲間)をはじめ、Lachancea fermentatiKazachstania pintolopesiiなど計6種が同定されており、乳を発酵させるために働いてきた多様な微生物が、穀物の生地でも活動したことが示唆されています。

この研究でとりわけ目を引くのが、たんぱく質の変化です。SDS-PAGE分析(たんぱく質を分子サイズごとに分離する電気泳動法)によってたんぱく質の構成比の変化が観察され、ケフィアに含まれる微生物や酵素が一定の程度でたんぱく質に作用した可能性が示唆されています。さらに、発酵時間を延ばすことで分解されるグルテンの量が変化する可能性があると、この研究では報告されています。ただし、これはあくまで実験条件下での観察であり、日常の食品として直接なんらかの効果を約束するものではありません。

身近なパンの「グルテン」と発酵の関係

グルテンとは、小麦粉に水を加えてこねると生まれるたんぱく質のネットワークのことで、パンのもちもちとした食感やふくらみを支える骨格のようなものです。この研究が示すのは、発酵という時間のプロセスが、そのグルテンの構造に影響を与える可能性があるということです。

私たちが日常的に口にするライ麦パンバターや卵を加えたリッチな食パンも、酵母や乳酸菌による発酵を経て作られています。今回の研究は市販のパンそのものを調べたものではありませんが、普段手にする一枚のパンの裏側にも、微生物が時間をかけて働いた発酵の痕跡が静かに刻まれている——そう考えると、いつもの食卓の風景が少し違って見えてくるのではないでしょうか。

日々の食事と発酵のかかわり

発酵食品は乳製品やパンに限らず、みそ・しょうゆ・漬物など日本の食卓に広く根付いています。今回の研究はあくまでも実験室でのデータですが、「乳」と「穀物」という異なる発酵の文化が出会うことで生地の中に起きた変化は、発酵という現象の多様性をあらためて実感させます。

毎朝のパンを選ぶとき、あるいはパンを焼く手間をかけるとき、その裏側で微生物が8時間かけて働いていたかもしれない——そう思うと、何気ない一枚のパンが、目には見えない小さな生き物たちとの長い共同作業の産物のように感じられてきます。なお、これは特定の食品の効果を示すものではありません。多様な食品をバランスよく取り入れる食生活の中に、発酵食品を上手に組み込んでみてください。

※本記事は日本食品標準成分表(八訂)のデータ等をもとに作成しました。参考文献:Microbial and physicochemical changes during kefir based sourdough fermentation(ヨーロピアン・フード・リサーチ・アンド・テクノロジー(2026-06-15))