著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。
掲載誌:Healthcare
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
移住後の食生活の変化に注目した研究
移民は新しい国に到着した時点では、その国で生まれた人より体格指数(BMI)が低く、過体重や肥満も少ない傾向があると報告されています。ところが、滞在期間が長くなるほどBMIが高くなることが知られています。その一因として、移住先の食習慣を取り入れる過程で好ましくない食事が増えることが挙げられてきました。移住先の食文化や食習慣を取り入れていくこの過程は「食の文化変容」と呼ばれ、糖尿病の主な危険因子である過体重や肥満との関連が指摘されています。
著者らによると、東アフリカ出身の移民では過体重や肥満、糖尿病、糖尿病予備群の割合が高いと報告されています。それにもかかわらず、この人々の食の文化変容を扱った研究はごく少数にとどまっていました。そこで研究チームは、米国ミネソタ州のツインシティーズ都市圏に暮らす東アフリカ出身の移民・難民を対象に、食生活の変化を後押しする要因や妨げる要因、そして本人たちが感じている糖尿病のリスクを調べました。
分析の枠組みには「社会生態学的モデル」を用いています。食行動を個人の知識や好みだけで説明せず、家族、地域社会、さらに社会制度や経済状況といった重層的な環境の影響を受けるものとして捉える考え方です。
36人の女性へのグループインタビュー
研究チームは2025年、ソマリアとエチオピア出身の女性36人を対象に、6回のフォーカスグループを実施しました。フォーカスグループとは、少人数で話し合ってもらい、経験や考えを語ってもらう調査方法です。参加者の話す言語はソマリ語、オロモ語、アムハラ語で、話し合いはそれぞれ参加者の希望する言語で行われました。女性に限定したのは、これらの地域社会では女性が家庭の食事を決めて作る主な担い手であると考えたためです。参加者は自分自身だけでなく、家庭全体の食習慣や食べ物の選び方についても語っています。
録音した話し合いは英語に翻訳され、複数の研究メンバーが内容を照合しました。そのうえで、語りの中から繰り返し現れる考えや経験を整理して主題(テーマ)としてまとめる「テーマ分析」という手法で分析しました。なお、この研究で示される健康に関する内容は、参加者自身の受け止め方や経験として語られたものです。
伝統食への愛着と、それを続ける難しさ
分析の結果、大きく二つのテーマが見いだされました。一つは個人と家族に関わる要因、もう一つは地域社会と社会構造に関わる要因です。
個人のレベルでは、慣れ親しんだ伝統食への強い愛着が語られました。参加者の多くは、伝統食を米国の食べ物より健康的で自然であり、おいしく、移住後も自分のアイデンティティーや故郷とのつながりを保つ大切なものとして受け止めていました。一方で、伝統食のすべてを無条件に健康的とみなしていたわけではありません。肉や調理油に懸念を示したり、伝統的なクレープに入れる砂糖を減らしたりした人もおり、伝統を保ちながら材料や作り方を見直す姿も報告されています。
健康的な食事を続けることについては、仕事や子育て・介護の負担、ストレス、時間の不足、移住後に変化した家族の役割などが壁になると語られました。食事の指導を受けても数日でもとに戻ってしまうという声がある一方で、食事を変えた例も紹介されています。たとえば、息子に何度も勧められた末に牛乳に蜂蜜を入れるのをやめた参加者や、糖尿病と診断されたことを受けて全粒粉の料理を作るようになり、糖尿病の指導担当者から食事の量や食べるものについて説明を受けたと語った参加者がいました。
家族のレベルでは、世代間の違いが特に目立ちました。子どもは大人より早く米国の食べ物になじみ、ファストフードや手軽な加工食品に頼る傾向が強まります。その結果、家庭内で摩擦が生じたり、大人用と子ども用に別々の食事を用意する必要が出たりすることがあったと報告されています。
地域や社会の条件が左右する食の選択
地域社会や社会構造のレベルでは、伝統的な食材の価格の高さや手に入りにくさ、民族系の食料品店までの距離、交通手段の不足が、望む食べ物へのアクセスを制約していました。その一方で、加工度の高い食品や甘い食品は簡単に手に入る環境にありました。参加者はさらに、日常的な身体活動の減少や移住にともなうストレスも、糖尿病のリスクを高める要因として受け止めていました。
こうした困難の中で、民族系の食料品店やハラール食品を扱う店、地域の人間関係のつながり、レシピの工夫、そして伝統食を食べ続けることが、健康を守る支えとして受け止められていました。また、「健康状態はむしろこちらに来てからのほうが良い」と語った参加者もいて、移住後に一様に健康が悪化するとは限らないことも示されています。
一方向ではない食の変化
著者らはこれらの結果から、移民の食の文化変容は、伝統的な食事から欧米型の食事へと一直線に移り変わる過程ではないとまとめています。個人の思い、家族の事情、地域の資源、社会や経済の条件が複雑に絡み合いながら、伝統食を守る、新しい食べ物を取り入れる、両者を組み合わせるといった多様な形で進んでいくというのが、この研究が描き出した姿です。
著者:H. Muhdi B. Hi Ibrahim(Social Work Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)、Angela U. Ekwonye(Public Health Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)、Salma Ibrahim(Public Health Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)、Nimo Mohamed(Social Work Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)、Muna Shidane(International Studies Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)、Artam Enayat(Social Work Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)、Melika Espahbodi(Social Work Department, St. Catherine University, St Paul, MN 55105, USA)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):H. Muhdi B. Hi Ibrahim, Angela U. Ekwonye, Salma Ibrahim, et al. Perceived Multi-Level Diabetes Protective and Risk Factors Associated with Food and Dietary Acculturation Patterns Among East African Immigrants in the United States. Healthcare 2026-10-14. DOI: 10.3390/healthcare14203430. 原著ライセンス:CC BY.