「ビタミンD不足」と聞くと、日照時間の少ない地域や特定の人だけの話だと思う方も多いかもしれません。しかし英国では今、ビタミンDの摂取量低下と深刻な欠乏の増加が指摘されており、その「欠乏」をどう定義するか自体が議論の的になっています。今回紹介するのは、英国の複数の専門分野からなる研究者グループ「ACT NOW Vitamin D」が発表した政策提言(ポジションステートメント)です。子どものくる病や生涯を通じて起こりうる骨軟化症といった、ビタミンD欠乏に関連する健康問題への対応を目的に、現行の欠乏基準の見直しを呼びかけています。
何が問題とされているのか
この提言によると、英国の国民食事栄養調査(National Diet and Nutrition Survey)のデータから、ビタミンD摂取量が全体的に低下していること、特に摂取量が少ない層でその低下が顕著であることが示されています。あわせて、4歳から64歳の人々の間で、血清25-ヒドロキシビタミンD濃度が25 nmol/L未満となる「重度のビタミンD欠乏」の割合が増加していると報告されています。こうした傾向の背景として、肉・魚・魚介類の摂取量の減少、肥満の増加、そしてビタミンD欠乏のリスクが高いとされる民族的マイノリティ人口の増加が関与している可能性が挙げられています。
基準そのものが「見えにくさ」を生んでいる可能性
ここでこの提言が特に強調しているのが、現在英国で使われている欠乏の基準値そのものについての疑問です。英国の栄養に関する科学諮問委員会(SACN)が2016年に定めた基準では、血清25-ヒドロキシビタミンD濃度が25 nmol/L未満の場合を「欠乏」としています。しかしこの提言では、この基準が集団全体におけるリスクの広がりを過小評価し、上記のような臨床的な負担の実態を見えにくくしている可能性があると指摘されています。
そのうえでこの提言は、英国の政策立案者に対し、欠乏の基準値を現行の25 nmol/L未満から、より高い50 nmol/L未満へと引き上げることを検討するよう求めています。これにより、国際的な基準や臨床現場での実践的な枠組みとの整合性が高まるとともに、より予防的な視点から国全体のビタミンD状態を監視できるようになる可能性があるとされています。また、こうした基準の見直しは、集団レベルでの「ビタミンDに関する健康」の向上を目指した政策見直しに、より強い根拠を与えるものになるだろうと述べられています。
この提言を読むうえで押さえておきたいこと
本記事で紹介した内容は、研究データの解析結果そのものというよりも、既存のデータをもとに専門家グループが政策上の見直しを提案する「ポジションステートメント」である点に注意が必要です。基準値の引き上げそのものがすでに決定されたものではなく、今後の政策議論のための問題提起という位置づけです。また、ここで取り上げられている摂取量の低下や欠乏率の増加、その背景要因についても、この提言の中で報告されている内容であり、一つの提言・分析であって、これをもって結論が確定したわけではない点も踏まえて読んでいただければと思います。
まとめ
英国では、ビタミンD摂取量の低下や重度欠乏の増加が報告される中、現行の欠乏基準がリスクの実態を十分にとらえきれていない可能性があるとして、専門家グループから基準見直しの提言がなされました。数値の基準をどこに引くかという、一見地味に見えるテーマが、実は公衆衛生政策のあり方そのものに関わってくることを示す事例といえそうです。今後、この提言を受けて政策的な議論がどのように進んでいくのか、注目されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:英国におけるビタミンD:欠乏の閾値再定義を求める緊急提言(フロンティアーズ・イン・エンドクリノロジー・2026年06月)