著者の所属・活動拠点の国は、プエルトリコです。

掲載誌:Medical Research Archives

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

「知っている」と「続けられる」のあいだ

肥満や2型糖尿病、心血管疾患、高血圧など、食生活に関係する慢性疾患は世界的に大きな健康課題です。栄養学の知見や食事の指針は広く知られるようになりましたが、それだけで人々の食習慣が持続的に変わるわけではありません。著者はこの食い違いを「知識と行動のギャップ」と呼んでいます。何を食べるべきかを知ることは方向を示しますが、実際に料理する力、それを支える環境、意欲、そして日常の中で繰り返すことがなければ、長く続く変化にはつながりにくいという考え方です。

行動科学には、能力・機会・動機がそろったときに行動が起こるとするCOM-Bモデルや、自己効力感(自分はできるという感覚)を重視する社会的認知理論、繰り返しによって行動が自動化していくことを説明する習慣理論などがあります。ただし著者によれば、これらはいずれも、栄養の知識が日常的な料理行動になるまでの流れそのものを説明するために作られたものではありません。

この論文は、その流れを料理に特化して説明する理論として「統合料理行動理論(ICBT)」を構築し、その図式化である「統合料理行動モデル(ICBM)」を提示することを目的としています。背景には、プエルトリコやカリブ海地域では食文化や家庭の習慣、資源の制約が食行動に強く影響しているという問題意識もあります。

どのように理論を組み立てたか

この研究は、新たな参加者を集めてデータを分析したものではなく、既存の知見をもとに理論を組み立てる概念研究です。著者は、栄養教育、料理医学(栄養学と調理実践を医療・予防に生かす分野)、フードリテラシー(食品を計画・選択・調理・管理する実践的な力)、行動心理学、習慣形成、生活習慣医学、そしてプエルトリコでの先行研究などを目的に沿って選び、統合的に整理しました。系統的レビューではないため、文献の網羅的な選別や統計的な統合は行っていないと明記されています。

作業は5段階で進められました。まず知識と行動のギャップを中心課題として定め、次に各文献の概念を認知・実践・行動・環境・動機・習慣・成果といった役割ごとに整理しました。重なる概念をまとめて少数の構成要素に絞り込み、それらを方向性のある経路として並べ、媒介や調整の関係を検討しました。最後に、理論の前提となる4つの公理と、実証的に検証できる8つの命題、測定方法の一覧、図式モデルとしてまとめています。

理論が描く道筋

統合料理行動理論によると、栄養の知識はフードリテラシーと料理の実践力を通じて、はじめて行動できる力に変わります。ここでいう料理の実践力には、献立の計画、食材選び、レシピの調整、味や香りの評価、調理への自信、文化に合わせた工夫、現実の制約の中での判断などが含まれます。著者はこの料理の実践力を、知識を行動へと「翻訳」する中心的な仕組みと位置づけています。

行動できる力があっても、それだけでは行動は起こりません。食品へのアクセス、時間、調理器具、経済的な余裕、周囲の支えといった「機会」と、楽しさ、文化的な意味、健康目標、家族への責任感などの「動機」が組み合わさったとき、健康的な料理行動が引き出されると理論は考えます。命題では、環境的な機会が料理の実践力と健康的な食行動との関係を左右し、内発的な動機が料理の実践力と繰り返しの実践との結びつきを強めるとしています。

理論の核心は、繰り返し料理することが変化の「エンジン」になるという点です。健康的な料理を何度も重ねるうちに、意識的な努力をあまり必要とせずにできるようになる状態を、著者は「料理の自動性」という新しい概念として提案しました。この自動性が習慣の形成を促し、習慣が行動の変化と長期的な健康上の成果をつなぐ役割を果たすと位置づけています。モデルの各段階は固定的な順番ではなく、前の段階が後の段階を支え、自信や意欲、継続がたがいに強め合う循環を含む経路として描かれています。

今後の測定に向けて、著者は各要素の評価方法の例も示しています。中でも最も新しい課題として挙げられているのが、健康的な食事の計画・選択・調理・レシピ調整がどの程度日常化しているかをとらえる「料理自動性尺度」の開発です。

この理論が示すもの

著者は、料理を通じた健康教育の目標を、知識を伝えることや一度の調理実演の成功ではなく、安定して繰り返され、文化的にも意味のある料理の習慣を育てることにあると位置づけています。この視点から、料理教育や栄養指導、医療者教育、ティーチングキッチン(調理を通じて学ぶ教育の場)、地域の取り組みなどに応用できる枠組みとして理論を提示しています。

一方で、論文はこの理論があくまで概念的なものであり、示された経路や因果関係は実証された効果ではなく、検証されるべき仮説だと強調しています。プエルトリコとカリブ海地域を念頭に構築されたため、他の地域では文化に合わせた調整が必要とされています。また、食料不安や貧困、調理設備の不足などで機会が大きく制限されていれば、料理の力があっても習慣にはつながりにくいとし、責任を個人だけに負わせるのではなく、環境面の支援と組み合わせるべきだと述べています。知識を伝えるだけでなく、日々の台所で繰り返せる形にすることが食生活の変化の鍵になるという見方を、検証可能な形に整理した点にこの論文の意義があります。

原著論文の著者・所属:Dr. Christian Rivera Medina(José A. Tony Santana International School of Hospitality and Culinary Arts Universidad Ana G. Méndez, Puerto Rico)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dr. Christian Rivera Medina. Bridging Nutrition Knowledge, Culinary Competence, and Behavior Change in Culinary Health Education. Medical Research Archives 2026-09-30. DOI: 10.18103/mra.v14i9.7848. 原著ライセンス:CC BY.