2020年以降、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、スポーツの現場でもさまざまな制約が課されるようになりました。特に合宿での食事の時間は、選手同士や選手とスタッフの会話が制限される『黙食』やソーシャルディスタンスの確保が求められ、これまで自然に生まれていたコミュニケーションの機会が失われてしまいました。また、通常の合宿ではトレーニングの日程に追われ、栄養教育のためのまとまった時間を確保すること自体が難しいという課題もありました。

今回紹介する研究は、こうした『静かで、席と席の距離が空いた食事時間』を、逆に栄養教育の機会として活用できないかという発想から行われたものです。制約の多い状況を工夫でチャンスに変えようとする試みとして、興味深い着眼点だといえるでしょう。

研究でわかったこと

この研究の対象となったのは、日本スケート連盟に所属するナショナルクラスのスピードスケート選手たちです。2020〜2021シーズンの合宿の食堂において、栄養教育の取り組みが行われました。

具体的には、食堂内に長テーブルを講義形式(全員が同じ方向を向く形)に配置し、各テーブルの中央には卓上イーゼルを設置。そこに、食事に使われている食材の栄養価やパフォーマンス向上に関する情報を印刷した『POP』(掲示物)を表示しました。POPを挟んで両側に座る選手同士は、1メートルの距離を保つことが求められていたといいます。

この掲示に対して選手たちがどのような反応を示すかを、同席した栄養担当スタッフが定性的に観察・評価しました。その結果、ほとんどの選手がPOPに注意を向けており、中には熱心に読み込んだり、質問をしたりする選手の様子も見られたと報告されています。この結果から、特別に時間を設けなくても、POPの掲示が栄養に関する知識を伝えるための効果的な機会になり得ることが示唆されました。また、こうした手法は感染対策下に限らず活用できる可能性があるとも述べられています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、ナショナルクラスのスピードスケート選手を対象とした合宿という特定の状況下で、栄養担当スタッフによる定性的な観察をもとにまとめられたものです。選手の関心の高まりが、実際の栄養知識の習得や食生活の変化、競技パフォーマンスの向上につながったかどうかについては、この要旨の範囲では言及されていません。あくまで一つの取り組み事例に関する報告であり、結論が広く確定したものではない点に留意する必要があります。

まとめ

この研究は、コロナ禍という制約下で生まれた『静かな食事時間』を逆手に取り、卓上POPという手軽な方法で栄養教育の機会を作り出そうとした試みを紹介するものです。特別な時間を割かなくても、選手が自然と栄養情報に目を向ける様子が観察されたという報告は、日常の食事の場を学びの場に変えるヒントとして参考になるかもしれません。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:「POP」掲示による黙食・ソーシャルディスタンス下でのナショナルスピードスケート選手への栄養教育(科学技術研究・2026年07月)