学校給食というと、栄養バランスの取れた食事を子どもたちに提供する仕組み、というイメージを持つ人が多いかもしれません。実際、学校給食は子どもの食に関する病気の予防や、家庭の食料不安への対応、さらには食と農の環境負荷といった課題に応えるものとして期待を寄せられてきました。その一方で、多くの国で学校給食は「不健康」「美味しくない」「予算不足」といった否定的なイメージでも語られがちです。なぜ、大きな期待を背負いながらも、これほど評判が芳しくないことが多いのでしょうか。今回紹介する論文は、この一見矛盾した状況を読み解くために、フェミニズムの理論的視座を用いた批判的レビューです。
研究でわかったこと
この論文は、独自の理論的枠組みを提示する批判的レビュー(既存文献を整理・検討する形式の論文)です。著者らは、フェミニズムの「社会的再生産(social reproduction)」という考え方と、「ケアの倫理(ethics of care)」という考え方を組み合わせた新しい概念枠組みを用いています。社会的再生産とは、簡単に言うと、子育てや食事の用意、家事といった、社会や人々の暮らしを日々支え続けるために必要な営みや労働を指す考え方です。この枠組みを通して、学校給食の提供(論文内ではSFP: School Food Provisioningと呼ばれています)を、資本主義的な生産のあり方の中に位置づけ、そこに関わる労働や人間関係、日々の営みに光を当てようとしています。
研究の方法としては、国際的な文献を参照しつつ、「準体系的(semi-systematic)」というアプローチで、英国における多分野にわたる研究をスコープ(範囲を定めて概観)しています。英国は、資本主義が成熟した段階にある経済の一例として位置づけられています。この手法によって、学校給食を単なる「食事を消費する場」としてではなく、政治経済の中に位置づけ、そこに含まれる労働や人間関係、経験を掘り下げて理解することを目指したと報告されています。
具体的には、英国における学校給食改革の歴史を、19世紀以降の社会的再生産をめぐるより大きな変化の中に位置づけて検討しています。そのうえで、現在の学校給食プログラムや、学校給食にまつわる日々の経験を取り上げ、そこに含まれる「ケア」が、複数のスケール(規模・段階)にまたがり、かつ様々な立場から異なる解釈がなされる、対立を含んだものであることを明らかにしようとしたとされています。最後に、学校給食の提供が、より公平で持続可能な食料供給の仕組みづくりにどう貢献しうるかを考えるための、今後の研究課題も提案されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この論文は、実験や調査によって新しいデータを収集した研究ではなく、既存の文献を独自の理論的枠組みで整理し直した批判的レビューです。そのため、「学校給食を改善すればこうなる」といった直接的な効果や結論を示すものではなく、学校給食という営みをどのような視点で捉え直せるか、という問題提起や今後の研究の方向性を示すものと言えます。また、事例として扱われているのは英国の状況であり、他の国や地域にそのまま当てはまるかどうかは、この論文の範囲を超える話です。一つのレビュー論文であり、学校給食のあり方について結論が確定したわけではない点には留意が必要です。
まとめ
学校給食は栄養面や環境面での役割が注目されがちですが、この論文は、そこに関わる労働や人間関係、ケアという営みに目を向けることの意義を提起しています。フェミニズムの理論を通じて学校給食を見直すことで、単なる「食事の提供」を超えた、社会の仕組みそのものを問い直す視点が示唆されていると言えるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:フェミニスト的視座による学校給食提供の批判的レビュー(フード・カルチャー・アンド・ソサエティ・2026年07月)