中国・海南省には、黄色いトウガラシを発酵させて作る「黄トウガラシソース(YCS)」という伝統的な発酵調味料があります。通常、この発酵は塩分濃度の高い環境で行われますが、もし塩分を減らしても同じように美味しく作れるとしたらどうでしょうか。今回紹介する研究は、塩分濃度の違いが黄トウガラシソースの微生物群集や香り成分にどのような影響を与えるのかを、最新の解析技術を使って詳しく調べたものです。発酵食品の風味がどのようにして生まれるのか、その舞台裏をのぞいてみましょう。
研究でわかったこと
研究チームは、塩分濃度を5%、10%、15%、20%(いずれも重量比)と変えたサンプルを用意し、メタゲノム解析(微生物の遺伝情報を網羅的に調べる手法)と、HS-SPME-GC-MSという香り成分の分析手法を組み合わせて、微生物群集と揮発性香気成分(VFC)を系統的に調査しました。
その結果、塩分濃度が最も低い5%のサンプル(SF5)では、「Lactiplantibacillus(ラクティプランティバチルス)」という乳酸菌の一種が微生物群集の54.66%を占め、圧倒的に優勢であることが示されました。一方、塩分濃度が15%や20%と高いサンプルでは、この属の割合は6%未満にとどまったと報告されています。
香り成分については、自然発酵させた黄トウガラシソース全体で48種類の揮発性香気成分が検出され、その中でもアルコール類とエステル類が主成分であることがわかりました。さらに、低塩発酵ではこれらの香気成分の蓄積が促進され、塩分5%のサンプル(SF5)で香気成分の総量が最も多くなったとされています。また、これらの香り成分の存在量は、Lactiplantibacillus plantarum(ラクティプランティバチルス・プランタルム)という乳酸菌の量と強い相関を示したことも報告されています。
この結果をさらに検証するため、研究チームは低塩サンプル(SF5)から実際にL. plantarum MA1という菌株を分離し、これを低塩の黄トウガラシソースの原料に接種して発酵させる「バイオオーグメンテーション(微生物添加による発酵補強)」の実験を行いました。その結果、この菌株を加えることで、シス-3-ヘキセニルイソバレレート、ヘキシル3-メチルブタノエート、酢酸エチルといった主要な香り成分が有意に増加したと報告されています。加えて、乳酸の含有量が有意に増加する一方で、亜硝酸塩の含有量は減少し、これによりトウガラシソース本来の鮮やかな黄色や、辛味の安定性がより効果的に保たれたことが示唆されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の塩分濃度と特定の菌株(L. plantarum MA1)を用いた実験に基づく知見であり、要旨で報告されている効果は、あくまでこの研究で観察された結果です。発酵食品の品質や風味は原料や環境などさまざまな要因に影響されうるため、一つの研究成果として捉え、今後さらなる検証が重ねられていく性質のものと考えられます。
まとめ
今回紹介した研究では、黄トウガラシソースの発酵において塩分濃度を下げることで、Lactiplantibacillus属の乳酸菌が優勢になり、香り成分の蓄積が促進される様子が示されました。さらに、そこから分離した乳酸菌株を接種することで、香り成分や乳酸含量の増加、亜硝酸塩の減少、色や辛味の安定性向上といった変化が確認されたと報告されています。伝統的な発酵調味料の背後にある微生物の働きを科学的に解き明かす、興味深い研究といえるでしょう。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:低塩自然発酵黄トウガラシソースにおける揮発性香気成分と品質に対するラクティプランティバチルス・プランタルムを介した調節作用(エヌピージェイ・サイエンス・オブ・フード・2026年04月)