2020年、新型コロナウイルスの感染拡大は世界中の人々の食生活を大きく揺さぶりました。外食が難しくなり、家で過ごす時間が増えるなかで、多くの人が「何をどう選び、どう作り、どう食べるか」を見直さざるを得なくなったのではないでしょうか。今回紹介する論文は、こうした変化を単なる一時的な対応としてではなく、持続可能な食のあり方につながる『適応のプロセス』として捉え直そうとした研究です。
研究のキーワードは『食リテラシー』。これは、食べ物を責任を持って選び、準備し、食べる力のことを指すと説明されています。この論文では、コロナ禍という危機的状況が、この食リテラシーに関わる行動をどのように変化させたのか、そしてその変化が心理面とどう結びついていたのかを探っています。
研究でわかったこと
研究チームは、2020年12月に日本でオンライン調査を実施し、1,972人分の回答を分析しました。分析には探索的因子分析・確認的因子分析、そして構造方程式モデリングという統計手法が用いられ、「調理スキル」「調理への意欲(嗜好)」「パンデミックへの意識」といった個人の要因が、「家庭での調理」「買い物の仕方」「食事管理の一部」「食品廃棄の削減」「人と食事を共にすること」といった食リテラシー行動とどう関連するか、さらにそれらが「自己効力感」や「知覚されたストレス」といった心理面とどう結びつくかが検討されました。
結果として、家庭での調理が増えたこと、買い物がより計画的になったこと、食品廃棄が減ったこと、そして人と食事を共にするあり方に変化が生じたことなど、行動面での大きな変化が報告されています。調理スキルや調理への意欲が高い人ほど、こうした食リテラシー行動と正の関連を示し、パンデミックへの意識の高さは、責任ある消費行動や食品廃棄の削減と関連していたとされています。
興味深いのは心理面との関連です。これらの食リテラシー行動は、自己効力感の高さと関連しており、研究チームは、参加者が「自分の食に関する行動がパンデミックの抑制や経済的な回復力に貢献している」と感じていた可能性を示唆しています。一方で、家庭内での役割・負担の増加や、社会的な交流の制限は、ストレスの高さとも関連していたと報告されており、持続可能性に関わる行動変化が、心理的にはやや複雑な側面を伴っていたことがうかがえます。
全体として、調理スキルや意識の高さが行動の変化を形づくり、その変化が「自己効力感を高める」というポジティブな側面と、「ストレスを高める」という負担の側面の両方につながっているというパターンが見えてきた、というのがこの研究のモデルの特徴です。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、2020年12月という特定の時期に、日本で行われた1回限りのオンライン調査(横断研究)に基づく探索的な分析です。論文でも「探索的」という言葉が使われている通り、ここで示された関連性は、あくまで一つの調査データから浮かび上がったパターンであり、因果関係を確定づけるものではない点に注意が必要です。また、この結果がコロナ禍という特殊な状況下、かつ日本という特定の対象者に基づくものである以上、他の時期や状況にそのまま当てはまるとは限りません。一つの研究であり、結論が確定したわけではない、という前提で読むのがよいでしょう。
研究チームは、調理に関する実践的な力(調理スキル)が、危機を超えて持続可能な栄養のあり方を進めるための鍵になりうると述べています。そのうえで、行動に関する教育、地域でのサポート、バランスの取れたリスクコミュニケーションを栄養政策に組み込むことが、環境に配慮した食行動を後押ししつつ、心理的な負担を和らげることにつながるかもしれない、という考えを示しています。
まとめ
この研究は、コロナ禍という危機が、個人の調理スキルや意識を介して、家庭での調理や買い物、食品廃棄の削減といった食リテラシー行動の変化と関連し、それがさらに自己効力感やストレスといった心理面とも結びついていたことを、日本での調査データから探索的に示したものです。危機的な状況が、より持続可能で強靭な食システムへの移行のきっかけになりうるという視点は興味深いものですが、あくまで一つの探索的な研究として、今後さらなる検証が期待される段階だと言えそうです。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:COVID-19パンデミック下における食リテラシー行動変容とその心理的相関の探索的モデル(フロンティアーズ・イン・サステイナブル・フード・システムズ・2026年07月)